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[コメント] SPL 狼よ静かに死ね(2005/香港)

アクションこそドラマである。
アブサン

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







素晴らしいアクションシーンは、数十回、数百回の視聴にも耐えられる。そこにはキャラクター同士の奥の深い「葛藤」が描かれているからだ。命をかけた戦いのなかで即座に状況を分析し、決断を下し、行動する。下した決断、取った行動に、否応なくキャラクターのそれまでの葛藤と経験、生き様が表れる。

これこそがすぐれたアクション映画だ。アクションにはストーリーやドラマがないと思ってる人がいるが、ドラマの塊こそがアクションである。

この映画のドニー・イェンVSウー・ジン戦もそうだ。本編自体は、割とストーリーパートもかっ飛ばし気味で、暴力の応酬で畳みかける作品なのだが、それでもこの殺伐とした戦いはどうしようもなくドラマが際立つ。だからこそ映画史に残る戦いになっている。

主人公は刑事のドニーさん(黒い方)で武器は特殊警棒。敵の殺し屋はウー・ジン(白い方)で武器はデカイナイフ。俺は格闘技のことなど一切知らんが、それでも見れば見るほどこの戦いの奥の深さが窺える。

二人は戦う前に、まずお互いの武器を見せ合う。素性も知らずに殺し合う敵同士なのに、なぜか奇妙なコミュニケーションをしてしまう。相手を殺すため、自分が生き残るためにこれから戦うというのに、相手が強いほど胸が高まるという矛盾。このロマンチックこそが、格闘アクションの醍醐味でもある。

ウー・ジンは、ドニーさんの仲間を殺した復讐相手である。薄ら笑いを浮かべる殺し屋ウー・ジンに対して、表情こそ抑えているもののドニーさんは肩で息をし、感情を抑えきれない。

二人が走って距離を詰める。この前にドニーさんの仲間を殺した場面では、薄ら笑いのままナイフを投げたウー・ジンだが、ここでは豹変したように距離が近づくにつれ威嚇の表情を見せる。彼にとってはこの戦い仕事でしかなかったはずだが、それ以上の何かを見つけて、戦闘が開始される。

ドニーさんの握る警棒に対し、ウー・ジンは初手、ナイフを逆手持ちに変える。

これは逆手持ちの方が力が入れやすく(=警棒の強打を受けられる)、また順手持ちより多彩な攻撃ができるためだ。警棒の方がリーチが長いので、手数で勝負する戦法に瞬時に切り替えたわけだ。一瞬で状況判断をくだす描写である。直前には威嚇の表情を浮かべていたウー・ジンだが、実際には冷静に後ろに引いて、様子を見ながら戦う。

ここで、最初に攻撃を当てるのがウー・ジン、という描写が際立つ。

ドニーさんは仲間を殺されたこともあり、戦闘が始まると感情を剥き出しにし、前のめりで戦っている。そこでバランスを崩したウー・ジンのナイフで、ラッキーショット的に胸を切られてしまうのだ。

二人はお互いに一瞬引いて奇妙な間ができ、ウー・ジンがおどけた表情を見せる。普通のアクションだけを描くならば、必要のないシーンである。だがこの映画は、初めて攻撃が当たった直後に、二人のリアクションを入れる。優れたアクションはこのように二人のキャラクター性を深く描写するのだ。

ウー・ジンはドニーさんを伺うような表情を見せる。ドニーさんは怒りを含んだ顔で睨み返す。「警棒の方がリーチ長いのに、俺が先に攻撃当てちゃったね?どうする?」「ぐぬぬ」みたいな、やり取りを交わしているのである。暴力による殺し合いをしながら、心ではどうしようもなく対話をしてしまう。「胸」を切られるのも心の象徴だ。ドニーさんは怒りに満ちている。

ここからの戦いは、ウー・ジンが押し、ドニーさんが下がり、攻守が逆転する。だが立て続けに攻撃をもらったことで、ドニーさんは冷静になる。リーチが長いのだから、距離を取りながら戦えばいい。目まぐるしい戦いの中でそこに勝機を見出したドニーさんは、一瞬の隙を見逃さない。

それまでは武器同士が高速でぶつかり合う金属音ばかりだったのが、ここからは空振りの風切り音が多くなる。ウー・ジンのすべての攻撃を受けるのではなく、ドニーさんは下がって躱しながら、的確に攻撃を当てるようになる。殺し合いの中で落ち着きを取り戻し、仲間を殺された怒り・復讐心・トラウマ、それらの心の雑音を克服するのだ。

(路地裏の一本道である空間が、この攻防をより引き立てている。常々思うのだが、ドニーさんのアクションの特徴はこの独特の空間設計なのだ。狭い室内での奇妙な格闘銃撃戦とか、トラックが行き交う道路上でのカンフーとか、画面に向かって走ってきたと思ったらヘンなカーブを描いて曲がったりとか(るろ剣で真似してたやつ)、ジャッキー・チェンとはまた違った舞台設計や空間の上手さがある)

そして、分岐点となる「警棒とナイフによる突き」のシーンになる。当然リーチの長い警棒だけがあたる。このとき、後ろに下がったウー・ジンはまたしても、おどけたように痛がってみせた。

これがドニー・ウージン戦の決定的瞬間だった。

僅かではあるが決定的に差がついているのに、ここでウー・ジンはドニーさん相手にまたも「見栄」を張ってしまった。先ほどまでの心の会話とは違い、物語の行方を決める、決定的な「一言」を発してしまったのだ。二人の勝敗は、この時点で決する。

これこそがドラマだ。

冷笑的な殺し屋が、一時は落ち着いて戦況を分析して優位に立ったが、その気持ちよさを捨てられなかった。片やドニーさんにとっては、この相手は復讐のターゲットではあるが、通過点だ。まだボスが控えている。絶対に負けるわけにはいかない。自分の感情を殺して、勝負に勝つことを選ぶ。

(ちなみに、警棒の突きを食らったウー・ジンの「ドック!」という悲鳴が素晴らしい。別に「ぎゃっ」でも「げっ」でもいいはずなのに、しかしやはり「ドック!」でなければいけない。こんな的確すぎる悲鳴、普通思いつけない)

すでに結末を決定づける瞬間は訪れたが、「点と点」を最短でつなぐのは物語ではない。さらに膨らませ、煮詰めるのがドラマだ。ここからがこの映画の伝説のシーンとなる、「数十秒間のアドリブ」(殺陣なしで、実際にお互いに武器を振り回してる)での戦闘だ。

二人は距離を保ったままフェイントをかけあい、ジリジリと攻撃を交わす。筆舌に尽くしがたい緊張感なのだが、ここで、アドリブにもかかわらず何度も顔に向けて不意打ちをはさむウー・ジンが凄まじい。一歩間違えばドニーさんに怪我をさせかねないが、完全に役になりきっている。撮影手法的には、こうしたアドリブある程度の距離を保っているから成立するのだが、この「距離」こそがドニーさんにとっての勝機であることは先ほども書いたとおりだ。これはただのマニアックな見せ場ではない、重要な意味がある場面だ。

(さらにちなみに、アドリブの最後でドニーさんが警棒を立てて小刻みに振るフェイントがあるのだが、ここでウー・ジンが小さく頷いているように見える。頷いた直後からまたシームレスに殺陣に戻るのだが、これはアドリブ終了の合図だったのだろうか? こういう事を考えるのも楽しい)

30秒近いアドリブのあと、また二人は激しく戦いだす。ここでは既にもう、ウー・ジンは防戦一方だ。攻撃は当たらず、成すすべなく警棒で打たれ、殴られる。ドニーさんの放つ特殊警棒による打撃は、まるで拳銃を撃ち込んだような爆音を立てる。殺された仲間の恨みを込めた一撃だ。ウー・ジンのナイフも何度か掠るが、致命傷には至らない。警棒で殴られるウー・ジンの顔はどんどん血にまみれ、鬼のようになっていく。

ウー・ジンは殺し屋という職業・快楽的な暴力を超え、剥き出しの生存本能で戦い、ドニーさんの警棒を奪うことには成功するが、しかし勝つことはできない。

警棒を落としたドニーさんは、ウー・ジンの腕を取り、そのまま彼のナイフを使って、とどめを刺す。腹を切り裂きながら、殺すものと殺されるものが、お互いに見つめ合う。復讐を果たしたドニーさんは再び怒りと憎しみを溢れさせた表情で、鬼のようだったウー・ジンは、どこか開放されたような無垢な表情で。

ウー・ジンは血にまみれて、生まれたての赤ん坊のようにすら見える。その後も数秒間、二人は黙ったまま、見つめ合い続ける。そして、立ったまま命が絶えたウー・ジンの腹から乱暴にナイフを引き抜き、ドニーさんは相手を見下ろしながら返り血を拭う。そのまま振り返りもせずに歩き去り、戦いは終わる。

以上の内容、心の動きは、言葉では一切説明されない。

ウー・ジンのキャラクターなんて、漫画みたいに派手な格好であること以外、ほとんど描写がない。しかし、それでも濃厚なドラマが描かれている。

アクション映画はその映像を見て、自分で読み解くものだ。だから実際には、制作者的にはまったく違う演出意図かも知れない。だが、何度も繰り返し繰り返し見ることで、自分の中のドラマとして、息づいていく。これこそが、アクション映画の奥深さだ。

この映画は暴力の連鎖、そを描いた作品である。ドニーさんはブルース・リーに多大な影響を受けている。暴力は、ブルース・リーのテーマだった。ドニーさんは律儀にどの映画でも、毎回ブルース・リー映画の特徴的なカットをオマージュする。

今作でいえば、(『燃えよドラゴン』でブルース・リーと戦った)サモ・ハン・キンポーの頭に蹴りを入れるシーンがそうだ。「燃えドラ」で、ブルース・リーがシー・キエン(のダミー人形)に蹴りを入れるカットだ。他の映画でも繰り返し使うし、続編の『導火線』でもやってた。

ウー・ジンとの戦いのあと、ドニーさんはボスの怪物サモハンとも凄まじい戦いを繰り広げる。猛獣のようなサモハンのパワーに対し、(「燃えドラ」でブルース・リーVSサモハンが見せた)ドニーさんは打投極で戦う。

サモハンをぶん投げまくって倒したドニーさんではあったが、勝利後の隙を逆につかれる。ブルース・リーは「燃えよドラゴン」でオハラにとどめを刺したが、ドニーさんは刺さなかった。オハラは割れた瓶でブルース・リーを襲ったが、ドニーさんも酒瓶を手にしていた。本当に律儀だ。そして隙を突かれた結果、ドニーさんはビルから突き落とされてしまう。

自分が殺したウー・ジンとは違い、見つめる先には虚空しかなく、誰もいない。そして罪のないサモハンの妻と赤ん坊を巻き添えにしながら、ドニーさんは死ぬ。

死闘を繰り広げたウー・ジンの死体は、路地に転がりながらも無性に美しかった。それとは対照的な最期だった。

(評価:★4)

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