[コメント] 着信アリ Final(2006/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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「ヒト」としての狡猾なずるさ、醜さが凝縮された行為、それが「いじめ」。それは学校でも職場でも地域でもさらに国際関係でさえ・・・
マスコミで「いじめ問題」が報道される度、本当の加害者である生徒たちは当然のように表には出されない。教育的見地から当然のように報道されることは無い。そして行き場の無くなった怒りのベクトルは学校側へ向けられる。果たして生徒の顔を知っているかどうかも怪しい校長先生が会見で汗をかく。
マスコミも被害者の親も狂ったように学校を批判する。だが、本当は誰もが口にはしないが、本当に糾弾されるべきは加害者の生徒だという事を知っている。学校を糾弾する事が筋違いでガス抜きの為の儀式だという事を知っている。
そんな「いじめ問題」を正面きってテーマに持ってくる「設定」の良さに敬服した。そして被害者ならば誰もが夢見る素敵な解決方法=「あいつ等を殺したい!」こんな絶対に口にしちゃいけない「設定」に心が震えた。ただのホラーじゃぁなかったんだという期待が膨れる。
「状況」はさらに魅力的だった。転送という手段を盛り込むことで、「友情」と呼ばれる関係に「序列」をつけさせる残酷さよ。友人の生き死にを左右出来る「恐ろしさ」と「優越感」のバランス。「ヒト」として生まれてこれほどの至高の喜びが他にあるだろうか?サディスティックの極みだ。
『リング』のラストで主人公が自分の子供と自分の両親の命を量りにかけるというシーンがあった。まさしく家族内での序列を順位付けるシーンであった。本作ではソレをさらに奥深く描く為に、生徒たちに携帯電話を奪い合わせるという秀逸な「状況」を作ってくれた。この時点で本作は人間ドラマとしての最高峰に挑戦する権利を得たはずだった。そう、記憶に残る名作になるべき「状況」は整ったのだ。
そのまま「心理学的『バトルロワイヤル』」を描き続けるべきだったと思う。しかし、この魅力的な素材は唐突に放棄された。製作者はこの映画がB級ホラーだった事を思い出し、あわてて軌道修正をしてきた。悪霊との対決を描かないといけないと・・・また製作者は高い制作費を賭けて韓国までロケに来ている事も思い出し、密室劇を放棄して街中のシーンを無理やり入れ込んできた。当然ホラーなんだから夜の学校のシーンも必要になってくる。
結果、物語は突然に『電車男』のパロディに変化し破綻していく。
まあ、制作スタンスがホラー映画シリーズの1作としてのスタートなのだから多くは求められないのは仕方がない。仕方がないけれど、これほどの「設定」「状況」を語りかけてきたからには映画人として、本作の「人間ドラマ」としての可能性を途中で感じ取ったはずではないのか?ここまでやって感じ取る事が出来ない映画人ならば映画界から去ってしまえ。これほどの素材をこの程度の作品にしか仕上げられない邦画界が情けない。
PS,それにしても何で韓国ロケなんだ?国内じゃ各携帯会社の反撥が怖かったからか?クレジットにはNTTドコモの名があったようだが・・・
PS、それにしても何で韓国の俳優が聾唖なんだ?字幕にすることで演技や演出が楽になるからか?
わからない・・わからない・・・
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