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[コメント] ココシリ(2004/中国=香港)

「秘境・ココシリで、乱獲され絶滅寸前のチベットカモシカを守る私設パトロール隊の物語」 ここは秘境であると印象づける鳥葬のシーン。 ワクワクしないか?
にくじゃが

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 この映画、実話をもとにしているとのこと。10年も前の話を映画にすることで、この映画は何を語ろうとしているのか。いまさら告発ではないだろう。なにより告発にしては怒りが足りない。静かすぎる。

 記者くんが目にする期待や想像を超える厳しい現実。逃げる子ども、やたらシブい隊長、追跡、満天の星、密猟者たち、給料が支払われないのになぜ隊員たちは離れていかないのか。パトロール隊の活動は、記者くんの目を通し語られる。この静けさは、第三者として観察する記者くんによるところが大きいのだろう。

 しかし、この映画でもっとも印象的な流砂のシーン、あの場に記者くんはいない。このシーンの持つ意味は何なのか? パトロール隊員が飲み込まれてゆくさまを始めから終わりまでゆっくりと見つめる、第四の視点。これはいったい誰のものなのか。  

 ラスト近く、隊長が殺される。記者くんは密猟団に助けられる。隊長の死を静かに見守るあの視線。記者くんは何から助けられたのか? 人間たちの物語の向こうにあるもの。この映画はまぎれもなく“ココシリ”の映画なのだと感じ入る。

 ドキュメンタリータッチによるパトロール隊の物語、それらは観る前の私の期待をある程度まで満足させる。映画はパトロール隊を静かに語ることで、それらを見据える視点、人間の物語を超えたものを提示する。このおくゆかしさ、とても好きだ。ただ、ひとつひとつのエピソードたち、それらは押さえられる限り押さえて語られるのだけれども、あまりに衝撃的すぎる。観終わったあとしばらくは、あの流砂のシーンが頭の中ぐるんぐるんまわっていた。その分印象には残ったけれども、なんだかバランスが悪いような気がしないでもない。それと、“いま”この映画を作る意味はなんだろう、ココシリに過去も現在もないということなのか? それともココシリは危機にあったりするのか? まあいいや、もうどうでもいいよ、というほどココシリは圧倒的ではあったけれども。

(評価:★4)

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