[コメント] 祇園の姉妹(1936/日)
木綿問屋を潰してしまった古沢−志賀迺家辨慶とその家族。手前に古沢、右奥に妻や子守する女性を配置した縦構図で、ほとんどパンフォーカスと云っていいほどの焦点深度だ。ローキーの照明も相まって、この冒頭から鬼気迫る画面造型。『市民ケーン』の5年ほど前に既に同じような画面が実装されている。
大店を破綻させてしまった古沢が転がり込んだのは、芸妓の姉妹、梅吉−梅村蓉子とおもちゃ−山田五十鈴の家。山田五十鈴はスリップ姿で登場する。タイトルロールは「姉妹」だが、もう山田一人が完全に主人公。彼女の映画だ。今回何度目かの再見だったが、実はもう少し梅村が目立つ場面もあるかと思っていた。勿論、梅村の出番も多いしプロット上も重要な役柄ではあるけれど、山田と比べるとフルショット以上に引いた画面ばかりで、ほとんど細かな表情も映らないぐらいの扱いだ。対して山田には、陶然とするような極めつけのアップやバストショットがタイミングよく与えられている。
本作の画面造型として、最初に書いたような移動撮影とディープフォーカスが全編で活用されており、最も目に留まる特質だ。だが、それに加えて、屋内を二間(ふたま)ぐらい距離を置いて撮った、冷徹なロングショットの長回しと、それと対照的な、対面する人物のキャッチーな切り返しといった演出も指摘すべきと思う。
例えば、スリップ姿の山田が鏡台に向かう姿を左手前に置き、一部屋向こうの奥(画面中央)に梅村を配置したショット。この後、山田は「男はんていう男はんは、みんな、わてらの仇や、にくいにくい敵や」と云う。あるいは、呉服屋の主人−進藤英太郎が家に帰ると、山田との関係がばれていて、妻から詰られるシーンも、かなり離れたツーショットの長回し、それに続けて、山田に騙されていたことに気づいた梅村が、家を出るために荷物をまとめ始めるショットも、屋内の離れたところから姉妹を突き放した画面で、この連打は極めて厳しい演出だ。
また、進藤の登場ショットは、山田にたらしこまれた番頭−深見泰三との対面場面で、180度カメラ位置を転換したドンデンの切り返し。他にも、山田と置き屋のお母さん(女将さん)との会話シーンや、梅村が泥酔した骨董屋・聚楽堂−大倉文男を連れ帰ってきた場面でも、ドンデンで切り返して山田を繋いでいる。これは切り返しではないが、山田と進藤の初対面の場面−クレームを云いに来た進藤が逆に山田に口説かれるという長回しにおいて、長火鉢を挟んでビールを注ぎながら会話する(山田は背中側が見えている)ツーショットが続き、なかなか切り返さないで観客を焦らしておいて、おもむろに山田を進藤の横に移動させ、2人を正面から見せるといった演出も、まあ憎たらしい。
他にも、街中の小さな川のキラキラした川面の画面の美しさ、路地の奥の奥に自動車が停まって男が手前に歩いて来るショットも凄い。終盤の、看護師に負われた山田が病室に入るのを横移動しながら部屋の外から見せ、カメラが部屋の中に入らないでオフ(画面外)の音を聞かせ続けるショットなんて、観客をこんなかたちで挑発する演出はちょっと他に例が思いつかないぐらいだ。ラストの科白がクサいという誹りは私も否定しないが、しかし、難点と云い得るのはこゝだけと私は思う。
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