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[コメント] きみにしか聞こえない(2007/日)

物語の中心である二人が始終会話を交わしていながら、妙に静謐な映画。心の携帯電話を介しての、まるで脳内恋人のような親密な関係。やや広告写真的に綺麗な映像も悪くはないし、成海の絶対的な愛らしさに助けられ、楽しく観ていたが…(原作についても少し)
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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リョウとシンヤが出逢って以降、成海の演技力の乏しさが致命的となる。それまでは、少し表情を変える程度で、黙って座っているだけであったりしたので、その拙さが目につく事はなかったのだが。

尤も、遠距離デートin鎌倉の場面では既に、それまで人と接する事を恐れていた筈のリョウが、いとも容易く、何の躊躇もなく普通に会話を交わすようになっていて、そこに至るまでの感情のグラデーションがまるで感じられない。成海は、声量と、表情筋の表面的な調節にばかり注意が向いている印象で、生きた演技をしているようには思えない。海岸でラジオに向かって声をかける場面での爽やかな快活さは好印象だけど、負の感情を巧く自分の中で噛み砕く力量がまだ欠けているように見える。

脚色としては、リョウに、大きな声が出せない、ピアノが弾けない、という音に関するコンプレックスを与えて、心の中の声の貴重さを際立たせたのが、映画の脚本として正しい工夫。国語教師の役に、声に張りのある高田延彦を起用したのも的確。シンヤの聾唖者としての設定も、別の形で「声」の価値を高めているし、事故後のやり取りで伏線として活かしているのも巧い。

遠距離デートin鎌倉も、シンヤの歩んできた人生と、独りぼっちで歩くリョウの姿が重ねられていき、また彼女が、普段のリョウを全く知らない土地の人々とは普通に言葉を交わせる、という辺りも、彼女の心境の変化を無理なく描いていたと思う。彼女が迷子の手を引いていき、その子の姉と思しき少女がリョウと同じ年頃の制服姿であるという所も含めて(クラスメートとの消極的な関係の改善を暗示する)。尤も、飽く迄も脚本の段階では、だが。簡単にスイッチを切り換えたように、余りにも普通に喋ってしまう成海の演技そのものには説得力が無い。その喋る声を映像に入れていない事で何とかこの映画における流れの中には一応は自然と言える範囲に収めているが、シンヤからの荷物を受けとった店での会話が、余りにも、躊躇も戸惑いも無さすぎる。

それまでの淡々とした流れを急転させる、事故後の展開だが、単に伏線の回収の仕方が巧いというだけでは、映画として感心は出来ない。シンヤが横たわるベッドの傍で、一時間前の彼に電話をしながら、事態が深刻化していく不安に侵されていくリョウ。と、そこで照明が暗くなり、演技力の乏しい成海に成り代わって「リョウの暗い表情」を作ってしまうのはまだ見逃せても、その後、結局はシンヤを救えなかった、という場面で今度は窓から明るい外光が差し込んで来、昇天――といった場面作りを為すに至っては、観客をナメてるのか?と問い質したくなる。ここは成海の表情と、ショットの繋ぎ方で演出してほしい所。照明の記号的な演出効果に頼るとは、情けない。頭を使って映画を撮れ。

成海の美しさに加えて、ロケーションもフォトジェニックなおかげで、彼女のイメージビデオとして観る分には我慢できるのだが…。目の前で人が撥ねられてあの表情はないだろう。表情が凍った顔、呆気にとられて事態が呑み込めていない顔にしても、あそこまで緊迫感の欠如した表情では感情移入のしようがない。哀しんでいる顔にしても、眉間に皺を寄せて涙が流れている、という記号的な演技…。溜め息。

それと、乙一の原作の良さは、これが小説であるという所にも拠っているように思う。この原作では、物理的な音声は一切、心の携帯電話には通らない設定になっているのだが、心を集中させ、心の中だけで聴ける声とは、読書の体験と相通じるものがある。リョウの、学校での唯一の居場所というか避難所が、図書室であるという所にも、間接的にその事が表れているように思う。他にも、リョウが心の携帯電話を使えるようになる前段階として、自分の理想の携帯電話を頭の中に思い描いて、それが「視覚とは別の場所で」「はっきりと、濃い輪郭で存在するように」なっていく所など、まさに言語表現でしか出来ない仕掛けだ。読者が感情移入しやすくなる、これらの設定が見事。

前述したように、脚色は映画なりの心理表現や切なさの表現を巧く工夫していたが、演出と演技が…。他にもっとマシな監督や女優がいる筈なのだが。ショットも編集も凡庸なせいで、最初から最後まで平坦な流れ。脚本に、綺麗な映像を貼りつけていく作業しか行なっていない。

(評価:★2)

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