[コメント] 不道徳教育講座(1959/日)
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冒頭、バーのスツールに座ったミシマが登場して「道徳とは檻だ。不道徳とは」と客に向けて鍵を渡し、ラストで再登場して、檻のなかの方が気楽だと云う。彼一流の諧謔だが本編とはまるで合っていない。本編観ずに好きなこと喋らせたのではなかろうか。
作者のエッセイ集はこんなものだ。「見知らぬ男とでも酒場へ行くべし」「教師を内心バカにすべし」「大いにウソをつくべし」「人に迷惑をかけて死ぬべし」「処女・非処女を問題にすべからず」「童貞は一刻も早く捨てよ」「醜聞を利用すべし」「友人を裏切るべし」「弱い者をいじめるべし」「お見合いではタカるべし」過激な見出しだが本文はフォローに回る体のものでいかにも週刊誌用。まあ右翼ミシマとは別物の処世だっただろう。警句集であり本作の物語とは別物。
殺人以外は全部やった不道徳男大坂志郎の出所、女が行列をつくって押し寄せる。この溝川沿いの光景は本物なんだろうか(たぶん違う)。植村謙二郎と佐野浅夫に追われて列車に乗り、道徳教育の指定都市に申請している山城市へ審査に向かう文政省次官がそっくりさんですり替わり、次官が捕まる。この辺り出鱈目過ぎて呆気に取られるが以降は落ち着く。
非道な町に偽審査員の到着というゴーゴリの「検察官」みたいな話になる。山城市は道徳教育反対のジグザグデモもありつつ、海軍マーチの出迎え。町は自粛ムードで、ポルノ映画の等身大の看板掲げている映画館主は市から「肉体映画はやめてくれ」と云われている。50年代にエロ映画がすでにあって白昼堂々宣伝していたのを初めてしった。喫茶店ではロカビリーが禁止、化けた大坂はデモ隊の労組と話が合ったりしている。この辺りもまるでミシマっぽくないだろう。大坂が視察する教室では浜村淳の教師が死んでも喇叭を離さなかった木口小平をお前らは知らんのかと怒り、死後硬直のせいではないかと生徒に爆笑されている。
大坂は一言と云われて教壇に立ち、昔のヤクザは素人に手を出さなかったが今は手を出す、ヤクザ学校をつくって教育せねばならない、そして全員落第させればいいと語る。ここなどはエッセイの抜粋かも知れない。学校見送りも軍艦マーチ。偽物は女と逃げ、なぜか脱出して到着した本物の大坂志郎が翌日の「道徳教育復活について」の講演会で市への補助金を値切るというショボいオチ。この収束でもうひとついいネタがあれば傑作だったのに残念。
脇筋はモテると見栄はる長門裕之とか、殺人志望のピストル少年とか。なかでは清水まゆみの、私の処女プレゼントのスピードくじが面白い。1枚千円。お目当ての組合員の柳沢真一に当たりを配ろうとして失敗している。ギャングふたりが立てかけた梯子で柳沢がぶらりと彼女の部屋に入るのが変なショットで印象に残る。ボディビルの運転手に信欣三の妻の三崎千恵子がよろめいている。こういう不道徳も本作は奨励しているのだった。警察署長は道徳教育反対運動をしている組合を鎮圧しろと云われて警職法が流れたから駄目だと断っているのが岸内閣の記録。
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