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[コメント] オリヲン座からの招待状(2007/日)

映画を題材とした映画は多くの場合、手が届きそうで届かない何か、についての映画となる。スクリーン上の世界が、観客にとってそうであるように。だが僕にとって、これはもう宮沢りえの映画以外の何物でもない。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







先代館主である松蔵(宇崎竜童)の存在は、最後に留吉(原田芳雄)と抱き合ったままトヨ(中原ひとみ)が亡くなる間際まで付きまとう。松蔵の死後、彼の帽子を留吉(加瀬亮)にやったトヨ(宮沢りえ)は「やっぱり、似合わへんわ」と言うし、再開したヲリオン座で留吉が最初に上映する作品は、松蔵の悲願であった『無法松の一生』、二人の関係は飽く迄も「先代の遺したヲリオン座を守り抜く」という枠から一歩先に行きそうで行かないままだ。

老いたトヨが病院で「祇園太鼓が聞こえる」と呟く台詞も、『無法松』での祇園太鼓の場面を思い出してのものなのは明らかだが、それは果たして松蔵を思ってのものなのか、留吉との思い出が甦ってのものなのか、判然としない。小さかった頃の祐次(小清水一揮)や良枝(工藤あかり)と一緒に8ミリを回していた時に、留吉がふざけてやってみせたエア祇園太鼓。この場面での四人の疑似家族的な情景も相俟って、トヨは松蔵の面影を留吉に投映していたのか、松蔵に寄せていたのとは別の愛情を留吉に寄せていたのか、観客はおろか本人たちにとっても謎だったのではないかと思えてくる。

老いた二人が抱き合う映写室にも、松蔵の帽子が置かれていた。また、松蔵が死ぬ前に、突然に思い立ったように記念写真を撮る場面では、一枚目の写真の時には留吉は後方に下がっていて、トヨと松蔵の二人がメインであるのに対し、二枚目では前に来て、三人の写真となる。しかも松蔵は例の帽子を留吉に貸しているのだ。後者の方ではトヨの表情がやや固くなっており、出来上がった写真について松蔵に訊かれたトヨは、二枚目は失敗だったと嘘をつく。当時映画がまだ「写真」と呼ばれていて、台詞でもそう呼んでいる事で、この記念の「写真」が云々という遣り取りの象徴性が更に高まる。

テレビの影響やら、トヨと留吉の関係についての下種の勘繰り的な噂などを受けて、客が来なくなったヲリオン座は、そこに居るべき大勢の人々が居ない、という欠落感によって、却って余計にトヨと留吉の関係を密にしていく。そこにやって来る祐次と良枝。二人が喜び勇んで階段を駆け上がっていった後の、手摺りに反射する光でその幸福感を演出するショット、そのさり気なさが良い。

この二人の子らが長じて結婚する訳だが、この映画の冒頭は、この二人の別れ話から始まるのだ。トヨと留吉は最後の最後でようやく明確な形で結ばれる訳だが、その幸福の頂点でプツリと幕が下りる二人に対し、祐次(田口トモロヲ)と良枝(樋口可南子)は頂点から降りていくさ中にある。祐次は言う、「僕らを結びつけていたのは何だと思う?不幸だよ」。つまり幸福の頂点に達して不幸が一瞬消失した後は、愛情も下り坂という訳だ。子供時代の祐次が「幸せなら手を叩こう」と歌うのに合わせて良枝が手を叩いたのは、幸せだったからではなく、幸せに「する」為の行為だったのだ。

(評価:★3)

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