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[コメント] 母べえ(2007/日)

山田洋次節炸裂、吉永小百合の魅力堪能。
chokobo

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







野上照代さんの原作だったんですね。知りませんでした。野上さんがこのような才能をお持ちでいらっしゃるとは、少し意外な感じでした。でもその表現手法やきめ細かい状況描写はさすがだとです。原作は読んでいませんが、きっと映画的表現が施されているのでしょうね。何しろ黒澤組ですからね。

そういえば、セットの感じが『まあだだよ』の頃の感じに近いような・・・。

でもですね、本当に残念なんですけど、松竹映画のセットっていまいちなんですよ。大変失礼ですが・・・。

山田洋次監督の作品は大好きで、とても感動的なんですが、どうしても芸術性とか美術的な分野で、私どもが想像する映画としての美しさに欠ける。それは意図してそうしているのか、才能なのかはわかりませんが、少し足りないところです。

元来、松竹映画といえば小津安二郎監督など、芸術性の高い作品を作り続けている時代もあったのですが、どうしても家族ドラマや喜劇中心の作品が多く、芸術大作のような映画は松竹では作られません。

「松竹ヌーベルバーグ」なる運動が起きた時代もありますが、そのころの監督、例えば大島渚今村昌平などは、松竹を離れて行きましたね。そういう意味では、私のこの映画に対する減点ポイントは、映画そのものではなくて、松竹映画という会社に対するものなんでしょうかね。

話が大きく逸れました。

とても感動しました。

母べえという存在そのものが、日本人のすべての妻に対する評価として、この映画は優れています。すべての女性、すべての母が称賛されていい、そんな思いが募るラストでしたね。父べえからの手紙が母を言い当てていますよね。素晴らしいエンディングだったと思います。

母べえが死に際に「あの世で父べえなんかに会いたくない。生きた父べえに会いたかった。」その言葉を聞いて、娘(照べえ=原作者)がおお泣きします。こういうシーンて大事ですよね。

でも私がとても印象に残るシーンがひとつだけあります。とても大事なシーンです。

夫の恩師の邸宅に本を借りに行くシーンですね。そこで恩師はとても強烈な現実を語ります。

「確かに治安維持法は悪法だ、でも法を破る行為は納得できない。自分と同じ学問を目指すものとして残念だ。」

実はこれ、福沢諭吉の「学問のすすめ」にも出てきます。「学問のすすめ」にはこのように書いてあります。

政府を選ぶのは国民だ、政府は法律を作る、その法律を破るのは、自分たちで作った法律の破るのに等しい、というロジックです。これ即ち、国が愚かな行為に陥るのは国民が愚かだということ。そして日本は鎖国の時代が長く、政府の指示に従うことに慣れてきて、自ら意思を示すことに慣れていない。独立の精神のないものは愚か者だ。

というお話。

さて、この映画に出てくる父べえは、決して愚かな国民ではありません。しかし、その恩師が言うように、法律を逸脱する行為を行うことが自殺行為だ。その法律を作らせたものは自分たちなのだから、合法的に変えてゆく必要があるのだ、と言っているように思えます。

いや、もちろん当時の日本が狂気的状況であったことは認めます。しかしながら、そういう愚かな国を作ったのは愚かな国民である、というところを認識したいと思います。

映画とは直接関係のないお話になってしまいましたが、申し訳ありません。

それにしても、今回の山田洋次作品で大きく変化を認める点がひとつだけあります。

それは”音楽”です。要所で流れる「マタイ受難曲」。これは音楽監督に富田勲さんを使ったことに影響されているのかもしれませんが、私はこの曲を聞くと武満徹さんを思い出すんですね。武満さんが晩年、体調を悪くされてベッドで過ごす日々で良く聞かれた曲なんだそうですね。

そのことが母べえが最後の死に際のベッドで過ごすシーンに重なります。まさに”受難”ですね。このことを映画全体に伝えたかったんだろうと認識しました。

とても素晴らしい作品でした。

感動しました。

2009/03/21

(評価:★4)

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