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[コメント] ヒトラーの贋札(2007/オーストリア=独)

夥しい靴音、犬の吠える声、工場の作業音、等々の騒々しさと、一瞬一瞬の出来事を追って動き回るカメラワーク。紙幣偽造の技術的な細部より、運不運が突然に一転するユダヤ人の運命の混沌ぶりに、観客の目と耳を呑み込むパワフルな演出が主眼の作品。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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収容所を出たソロヴィッチが、せっかく持ち出した偽札を、賭け事に荒っぽく使うのも、自分を翻弄した運命のいい加減さへの、受容とも抵抗ともつかぬ破れかぶれな行動だと言える。仲間達からはその正義漢ぶりへの反発を招いていたブルガーも、いざ収容所からの解放の日を迎えると、一転して彼のサボタージュは立派な行為とされる。他にも、ソロヴィッチが結核の薬を手に入れてやったが為に却って銃殺されてしまった青年や、偽札造りで捕まったおかげで、偽造作戦に必要な人材として優遇処置を受ける事になるソロヴィッチ自身の運命等々、どこで何が裏返しにされるか分からないのがこの映画で描かれていた世界。その意味では、嘘を真として通す物としての偽札は、この映画の主題にピタリと合致している。

卓球に興じるソロヴィッチらが壁の向こうに聞く、他のユダヤ人が射殺される音や、ナチス・ドイツを滅ぼす爆撃の音、収容所が破壊される音、といった、外から聞こえる音によって、薄皮一枚隔てた所で事態が一変する緊迫した情況を巧みに演出している点も見事なもの。とにかく「音」の演出力が素晴らしく、その事によって、消音が行なわれる場面も、音の飽和状態のような最大級の強度を示す。

惜しむらくは、演出の技量に対して、脚本が大して練られたものとは言えない物足りなさがある事だ。

(評価:★3)

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