[コメント] 銭形平次捕物控 地獄の門(1952/日)
『マルタの鷹』『インディ・ジョーンズ』の連作シリーズ、『M』などともモチーフが響きあう。この映画の主要な舞台は廃墟、主要な説話上の時間は夜。この表現が素晴らしい。上里義三の美術制作は実に確かだ。廃墟が廃墟らしく伝奇味濃厚。
しかし、重く苦しくなりがちなストーリーに爽やかな江戸風趣を盛り込む工夫も怠り無い。冒頭と終結部の晴れた日の神田明神下の街筋の描写や、紙風船のもたらす軽快な躍動感、町人たちの住む路地の描写。奥までくっきりと焦点のあった立体的な構図が美しい。
そして目千両の長谷川一夫。頭の切れる岡引、というキャラクターは、実は歌舞伎にも新派にもない。映画が作り出した映画的なキャラクター類型。これを完璧に造形したのが彼が初めてであろう。映画にしか見られない素浪人というキャラクターを作り出した三船敏郎と比べてどちらがえらいかというと、やはり、長谷川一夫だろう。素浪人は、西部劇という引き出しからいろいろな要素を借用した形跡が濃厚だ。
三浦光子がよい。男振りの踊りの師匠らしい。世話にくだけた伝法な味わいがよい。この踊りの師匠は、かつて平次をめぐって平次の女房お静と張り合ったことがあるという設定になっている。このお静を演じる高杉早苗の方は、やや武家女房っぽいところがあるが、いかにも家庭をとりしきっている感じがあり、三浦光子と好対象となっている。
この映画には特別な思い入れがある、おそらく初めてみたのは40年以上前。大団円のシーンが忘れがたく、タイトルも分からないまま、再見することを夢見ていた。ようやく、NHK−BSで放送され、その宣伝を見て映画のタイトルが分かった。早速、オークションで古いVTRを購入した。今はただうれしい。夢見るような95分間を過ごすことが出来た。(2008年5月10日)
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