[コメント] 奇跡のシンフォニー(2007/米)
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いかにもアメリカのメロドラマですね。素晴らしい感動を与えてくれました。
届きそうで届かない。そして運命を自分でつかもうとする姿勢など、良き時代のアメリカを見事に表現できていて素晴らしかった。
何よりも音楽の素晴らしさ。
ハンス・ジマーのオリジナルも素晴らしいが、ジョージ・ウィンストンを彷彿とさせる即興ギター演奏の音の素晴らしさが全編を温かく包みます。この音楽の効果は、かつてアメリカ映画などで体験したブロードウェイの音楽ではなく、新しい自然の音楽。自然回帰もこの映画のひとつのポイントといえるでしょう。
大御所ハンス・ジマーをこの映画の音楽監督に据えたことで、この映画のボリュームをより一層ハイレベルな域に到達させています。
役者陣も素晴らしい。
父親役のジョナサン・リス=マイヤーズは『マッチポイント』ではじめて意識しましたが、苦悩する罪を犯した青年を見事に演じていました。これこそウッディ・アレン式ですね。苦悩する青年のその姿はロシア文学の匂いを感じさせます。
母親役のケリー・ラッセルも良かった。自分の子が生きていることを知らされず、失意の中に生きる女性を、とても素敵に演じています。母親の力とはこういうものであるべきですね。自分の子供と再開するべく、すべてを捨てて探そうとする姿勢は見事でした。
(ところで、この二人は『M:i:III』で間接的に共演しているんですね。)
そして何といってもフレディ・ハイモアくんのさわやかな演技が素晴らしい。こんなかわいい子供なら、誰でも親になってくれそうですね。
彼はただひたすら、自分の親に会うべく、自分の心の底から湧き出る音楽を手掛かりに両親との再会を目指します。そのたくましさとは裏腹の優しい笑顔と仕草に惚れぼれしてしまいました。
こんなクサイ映画の何が良いのかと思われそうですが、所詮映画はひとの心に伝えるもの。考えたり、悩んだり、辛くなったりすることが映画の本質ではありません。音楽や映像や演技など、すべてをもって観客に伝える力こそが映画の本質です。
この映画にもたくさん映画的なシーンがありました。
後半の都市の中での演奏会。そし冒頭の自然の中でのシーン。この対比だけで、この映画が伝えようとする意思が表れています。
都市の中の複雑な環境に汚された人間の意識。それを、こんな小さな子どもが呼び戻そうとするものとは、人間愛であり、都市批判ですね。その批判を見えないところで表現しています。親子断絶、冷たい社会、そんな冷たい都会の中で、取り残された孤児のような少年が「親に会いたい」という意思だけで自分を昇華させることなどできるのでしょうか。
もちろんこのことが現実に起きることなどないかもしれませんが、それでもあり得ない奇跡をもって、ぐいぐい最後まで引っ張るスペクタクルも含めて、素晴らしい作品であったと思います。
(2009/01/04)
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