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[コメント] 大病人(1993/日)

伊丹監督はこの頃すでに「死」を本当に意識していたのだろうか。
chokobo

映画監督とは大変な仕事だ。商業主義に陥ればそれを追い求めるほかない。これは大変だ。

先日読んだ「黒澤明vsハリウッド」という本にも書いてあることだが、映画監督が自ら作りたい映画を作ろうとすれば、それだけ時間がかかる。時間がかかればコストがかかる。コストは映画会社が負担するものだ。要するにお金をかけてヒットしなければ会社は損をする。

当時、伊丹監督は映画会社と互角に対抗するため独立プロで映画を作っていた。これはヒットしているうちは独立プロが儲かるシステムだ。しかし、映画興行が失敗に終わればその借金を独立プロ側が負担する仕組みになっている。

丁度、この映画の前に作られた『ミンボーの女』あたりから興行がうまくゆかなくなってきている。そしてこの『大病人』も失敗、つまり赤字だったようだ。

私などは、伊丹十三という人は俳優としての印象が強い。『細雪』や『家族ゲーム』が印象的だった。そして『家族ゲーム』での影響により『お葬式』を作ることになった。

思えば伊丹氏が映画を作った理由とは宮本信子さんに対する思いだけだったのではないか?

そしてこの映画で主演を演じている三国連太郎は未来の伊丹十三自身として描いているのかもしれない。

罪滅ぼしの映画なのだ。

しかし興行がうまく行かなければ映画は没する。ましてやよほど芸術に優れていなければ後世に残るものでもない。伊丹作品はそういう意味で、興行につながらなければ残らない作品が多い。

残念だ。

(評価:★3)

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