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[コメント] 三百六十五夜(総集編)(1948/日)

東京篇(78分)、大阪篇(73分)と前後編に分けて公開された二本の映画を一つにまとめた総集編(118分)。現存するのはこの総集編のみのようだ。
ゑぎ

 つまり30分ほどカットされている短縮版だ。これを見る限り、大阪の場面がごく僅かしかなく、主に後半が削られたのではないかと推測する。ただし、無駄が省かれ、後半は良いテンポが出ているのではないかとも思える。繋ぎの悪さは随所で感じられるが、それはシーンやシーケンスの欠落以上に、撮影前のプロット設計に問題があると私には思える。多くは、この頃の映画に頻出する(現在の映画でも多いが)、人物の遭遇に関するご都合主義によるものだ。

 主人公は上原謙。彼が電話に出るシーン、電話機のショットから始まる。会話の相手は女性のようで、その誘いをはっきり断る場面。電話の相手は後ろ姿で登場するが、これが高峰秀子だ。本作の高峰は、上原を追い回すが、かなり嫌われているという、彼女としてはちょっと珍しい役だろう。高峰の突撃を回避して逃げた上原が知り合うのが、山根寿子。彼女が本作のヒロインだ。もっとも、本総集編では、高峰と山根は同じぐらいの比率で出番があり、女優としての魅力という点で、圧倒的に高峰が勝っている。こゝに、上原の学生時代の同窓で、高峰を想っている堀雄二が加わって、4人の男女の関係が描かるのだが、本作の堀はかなりの悪役だ。上原はいつも通りの情けない男のキャラで、はまり役ではあるが、堀の珍しい真正の悪役ぶりが衝撃的だった。ルックスはまるで坂本龍一のよう。

 次に重要な脇役について触れると、いずれも山根の周りの人物になる(という意味でも、やっぱり山根がヒロインだ)。山根の母親は吉川満子。田園調布の邸宅に母子2人で住んでいるのだが、山根は、実の父親のことは顔も知らない、という設定で、この父親を河村黎吉がやっている。河村に関するシーンは、いくぶんカットされているように思える。あと、後半、山根を暴漢から助ける絵描きの役で大日方伝が出てくるが、この役は中途半端な扱いだ。もっと出番があったのだろう。山根への恋慕なんかも描かれていたのではないかと思いながら見た。

 さらに、小さな役だが、書きたくなる脇役が2人いて、一人は山根と吉川の家の女中、一の宮あつ子だ。この人が登場してすぐ、上原にウインクしたかと思わせるのだが、どうも目のあたりが痙攣するよう。これは市川崑らしい奇をてらった演出だと思う。こういう悪目立ちする細部を入れ込むところが、私はキライ。同じように、堀が経営するキャバレーのピアニスト兼ボーイ長みたいない若い男−江見渉(江見俊太郎)も、変なリアクション演技がつけられている。彼の驚く顔のショットが何度も挿入されるのだが、これを面白いと当時の観客は思ったのだろうか。

 また、都合良すぎる展開の例で云うと、上原がふと後ろを見ると、高峰がいてびっくり、という場面が3回あるというのは大きいだろう。上原が山根と帝劇でカルメンを見た後のロビー、関西の競馬場(阪神競馬場か?)のスタンド、大日方が描いた山根の絵の前(画廊)。

 他にも、次の3つの場面のあと、いずれも同じ通りの同じ場所−「丸菱」と書かれたプレートのあるビルを背にした歩道で、一本の街灯がある場所−が出てくるという反復もある。築地の待合で山根が堀から襲われた次の場面、山根が田中春男に盗み撮りされた写真について抗議するシーンのあとの場面、そして終盤、この場所は、堀のキャバレーからも近いことが分かる。キャバレーでの騒ぎの後、山根と上原が抱き合うロングショットもこゝだ。

 最後に高峰のことをもう少しだけ書きたい。本作の彼女は、大阪の社長令嬢という設定で、ずっと関西弁を喋る。思えば、15歳頃の主演作『花つみ日記』で既に完璧な関西弁を喋っており感心させられたのだが、本作におけるイントネーションも(関西人の私の耳にも)ほゞ違和感無く聞こえるものだ。また、登場後すぐの高峰の場面で、上原について「一年後までにはつかまえる。あと三百六十五夜ある」と云う。これがタイトルになっているということと、ラストシーンも高峰の場面であるということも含めて、悪役と云ってもいい役柄ながら、どうしたって、初めから高峰の方が山根よりも目立つデザインが施されていると云えるだろう。いやそんなことよりも、本作においても高峰の美しさが記憶に焼き付く。

#備忘でその他の配役などを記述。

・上原の会社の同僚に三原純。冒頭の電話の取次ぎと屋台で再会するシーン。

・堀の部下には江見や田中春男の他に鳥羽陽之助がいる。

・キャバレーのダンサーで堀の愛人は三村秀子二葉あき子の歌唱が2回ある。クレジットにはダンサーで石井ふく子の名前があるが、私は判別できなかった。

・上原の父親は久保春二。一の宮の兄で清川荘司

(評価:★3)

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