[コメント] HACHI 約束の犬(2008/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
冒頭シーンでハチは、どこかの寺で僧侶に見つけられ、なぜかアメリカに送られる。ハチを駅で見つけたパーカー(リチャード・ギア)は、その子犬がどこから来たのか分からぬままに飼うことになる。主人パーカー亡き後のハチは線路の上を住処とするようになるが、駅で毎日ハチを見かける人々は、ハチがどこから来るのか分からない。ハチは、どこか天使的な存在、仏教的な天使とでもいった存在として描かれている。娘夫婦に引き取られたハチが、娘によって別れを告げられるシーンも、一匹の犬に対する対応としてはどこか無責任な印象も受けるのだが(実際パーカーがハチを引き取るのは、保健所に殺処分されかねなかったからだ)、もうこのシーンではその行為は、パーカーの霊を追う天使に自由を与えるような行為となっている。
ハチが人々に暖かく迎え入れられるのは、飼い主であるパーカーが皆から「先生」と呼ばれて親しまれていた人物だったことと表裏一体のことでもある。そのことは、パーカーの職場にハチが姿を見せ、皆の笑みを誘っていたことからも感じられる。子犬ハチが舞台に上がり、ダンサーたちの間をよちよちと歩く場面。成犬ハチが駅まで追いかけてきたせいで遅刻したことを、笑いながらパーカーが皆に詫びるシーン。パーカーが亡くなる、教室のシーンでも、彼が手にしているボールが、握って押されると、まるでハチの鳴き声のような音を立てる。
パーカーが皆から愛されていたことは、その亡くなり方にもそれとなく匂わされている。教壇から生徒たちに語りかけていたパーカーは、いったん生徒たちと同じ目線の高さに下りて座り、更には、疲れを覚えた様子で、生徒たちと同じ席に座って、彼らの微笑に包まれる。そして急に床に倒れてしまうのだ。床に転がるボール。
亡くなる直前、パーカーが話していたのは、「伴奏に録音を使うのは是か非か」というテーマ。彼は、その瞬間ごとのインスピレーションが大切だと説く。そんな、一瞬一瞬が大事だと告げた直後に、彼自身が亡くなるのだ。
「時間」というテーマに関係する箇所としては、ハチが駅に姿を見せず、パーカーが探すシークェンスにも注目したい。ハチが駅にいなかったのは、単にスカンクと対峙していて動けなかったせいなのだが、このシークェンスの途中、パーカーがハチを探して妻ケイト(ジョアン・アレン)の職場を訪れるシーンがある。そこで妻は、ハチを心配するパーカーをよそに、長い年月を経て現れた壁画を指して、美しい、と見惚れる。この映画は、パーカーを失ったハチの待ち時間が後半のテーマなのだが、このシーンでは逆に、ハチの存在を求めるパーカーの前に、永い待ち時間を経て日の目を見た美が現れるのだ。
パーカーは、自分が投げたボールをハチが取ってこないことを友人ケン(ケイリー=ヒロユキ・タガワ)に話し、彼から「秋田犬は、人を喜ばせることに関心が無い」「日本人は物には釣られない。特別な理由があるときだけ、物を取りにいく」という答えをもらう。このやり取りが伏線となることで、パーカーの死期を悟ったらしいハチが、彼を職場へやるまいと頑張り、駅でボールを取ってくるシーンは、胸を打つ。何よりここでは、パーカーと別れたくないハチの奮闘が丁寧に描かれているし、ハチが遂にボールを取る、という行動によって、それまでにハチがパーカーと積み重ねてきた時間が、痛切に感じられるのだ。
ただ、その後の演出は、「時間」の演出という面で、やや雑に流れた嫌いがある。パーカーを待ち続けるハチの姿と一緒にショットに収められた樹木が、青葉となり、枯れ葉となり、葉が落ち、また青葉になる、といういかにもCG的な時間演出は、あまりに説明的に過ぎ、詩情に乏しい。物語の核である「主亡き後の時間」がデジタルに処理されてしまっているのが残念。ケイトと再会したハチの老いた姿は泣かせるものがあるだけに、そこに至る時間ももう少し丁寧に扱ってもらいたかった。
また、全編を通して疑問を覚えたのは、ヘンにハチを擬人化していたところ。それは一面では微笑ましい演出ではあるのだが、そのせいで、ハチが特に人間的な表情を見せず、ただ犬として居る場面では、その無表情が本当に無表情としか見えないのだ。パーカー亡き後のハチが幾らか印象を薄くしているように思えるのは、そのせいだろう。
加えて、パーカーの家には、去ったか亡くなった子があるようだが、そこを半端に匂わせる程度のままで終わらせ、殆ど何も生かしていない点にも疑問を覚える。決して悪い作品ではないだけに、妙な隙をそこかしこに残したままなのが残念。
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