[コメント] 無法松の一生(1943/日)
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サイレント時代の名優と言われた阪東妻三郎はトーキーになって最も苦労した役者と言われる。歌舞伎を思わせる立ち居振る舞いこそきっちりしているが、阪東の声は男にしてはあまりにもキーが高すぎた。落ち着いて喋っている分にはなんとか抑えられても、興奮したり、力が入ると途端に甲高くなってしまう。お陰でトーキーが普通になって以来めっきりと仕事が減ってしまった。この時期の阪妻はサイレント映画を選んで出演していたが、サイレントの駆逐と共に、とうとう仕事が無くなってしまい、本人も相当に悩んだそうだ。そんな彼が復帰できたのは他でもない、本作の主人公松五郎の役に惚れ込んで、何が何でもこれを自分が演じたいと切望し、徹底的にヴォイストレーニングをしたからと言う。本作こそがサイレントとトーキーをつなぐ名優阪東妻三郎の誕生となった作品なのだ。
実際、ここでの阪妻の演技はほれぼれするほど見事。今から観ると劣化激しい画面ではあるが、その見事さはよく分かる。おそらく稲垣監督から何度も駄目出しをされながら、理想の演技に近づけていったんだろうと思える。実際、1953年版の三船敏郎と較べると、どうしてもこちらの方が面白く感じてしまう。三船は三船という強烈な個性で演技してるが、阪妻の方は、自らを松五郎に近づけようとしているから、とも思う。それに強さと弱さの共存している松五郎は、三船じゃ強さばかりが強調されて弱さが出てこないし、庶民的な部分が薄い。やはり阪妻の方に軍配を上げたい。
それと特筆すべきは演出。オープニングカットのカメラワークには驚かされた。これがあるからぐいぐいと画面に引き込まれテイク。この時代にこんな完成された撮影が出来たとは。更に場面の転換点に現れる車輪の演出。時代の流れというものを一瞬に封じ込めるこの演出は本当に見事。おそらく当時としてこの撮影は前衛的なものになるんだろうけど、それが巧い具合に画面にはまってる。
又本作は「車夫が軍人の妻に恋心を抱くとは不謹慎」とされ、軍部の命令によってその部分が切られてしまった作品としても知られている。稲垣監督はよほどそれが悔しかったか、後に三船敏郎を主演に全く同じ作品を『無法松の一生』(1958)として撮影したのだが、実を言うと、私はかえって切られたこちらの方が好きだったりする。
物語、演出、キャラ全てにぴったりとはまった私好みの作品である。
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