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[コメント] ヒックとドラゴン(2010/米)

ほぼ完璧な英雄物語。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 しかし、この作品は本当に凄かった。出来は素晴らしいが、定番の物語だった『トイストーリー3』の対抗馬として、充分以上の実力を持った作品と言えよう。

 これがどれだけ凄いかというのは、本作で描かれたヒックの姿こそが最も理想的な人間の成長物語を描いていると言う点にある。

 世界中には数多くの神話があるが、それら神話の中核となり、最も重要な意味合いを持つのは英雄物語である。これらは人間は神々の運命に翻弄されるだけの存在ではない。と言うことを示すと共に、人間の成長の手本ともなっている。英雄物語の持つ意味とは、ある意味では子供に大人になることの大切さと素晴らしさを教えるためにある。英雄の行う冒険とは、そのまま子供が大人になる精神的な意味での過程を示しているし、特定の冒険を行うことによって大人になるというイニシエーションにも通じている。英雄物語は原始社会においては必然的に生じるものであり、過去の記憶を自分のものにすることによってこそ民族の記憶は醸成されるのだ。

 映画にも英雄物語を扱ったものは数多い。中には過去の英雄物語をそのまま扱ったものもあるし(ハリウッドではそういうのが少ない上にB級扱いされるのだが、ギリシア神話を扱った『タイタンの戦い』や『アルゴ探検隊』などがある。日本でも『日本誕生』(1959)があるし、世界的に見ると、決して少なくはない)、あるいはそれらの物語を認識した上で新しい英雄物語を作ったもの(最も成功したのは何といっても『スターウォーズ』で、累計作品は数多く存在する)、全く新しい英雄物語を作ったもの(一連のヒーローものはそのまま新たな英雄譚になってる。それこそ毎年飽きることなく作られ続けてる)。

 それで本作は北欧神話に例を取った作品だが、内容は全く新しく、『スターウォーズ』の系譜の上にある作品と言えよう。しっかり過去の英雄譚を下敷きにしつつ、その本質を取り出して新しい価値観を加えて作品を作っている。

 一つには、ここで扱っているのはイニシエーションである。ヴァイキングの村を舞台とした本作では、子供がドラゴンと戦うという試練を経て大人になる。ラストシーンでヒックは片足を失ってしまっているが、死を経るイニシエーションの儀式にあっては、それくらいの危険性は常に存在している。実際に死に至る場合もあるのだ。弱く、ただ庇護されるだけの存在が、誰もが認める立派な大人になっていく過程がこれだけの時間でしっかりと描けている。凄く丁寧な作りだ。

 ただし、本作の場合はそこで終わっていないのが興味深い。ヒックはドラゴンとの交流を経て、全く新しい価値観をヴァイキングの村に与えることに成功しているのだが、これこそが誰もが通る英雄の類型ではなく、本物の英雄として認められた何よりの証となっているのだ。

 つまり、本作は子供が大人に成長すると言う過程を描くだけでなく、村の、引いては人類すべての成長を描く作品でもある。その両側面から描くことによって、本作は本物の英雄譚となった。

 その片側だけでも良作と言えるだけの存在にはなっただろう。しかし、これが二つ合わさることによって本作はまぎれもない傑作と言えるだけの作品になったのだ。

 こういう物語の作り方が出来るのか!と思わせてくれただけでも新しく目を開かせてくれた気分になったし、本当に良い作品を観た!と思わせてくれた。物語を作る上での必然性、可能性を示してくれた事でも、本作は絶対支持したい作品である。

 ただ、一つだけ引っかかるところもある。特に後半ドラゴンのことを「ペット」と連呼してたが、パートナーとしてドラゴンがいるなら、それをペットと呼んでしまうのは、かなり気になる。これは日本人的な感性なのだろうか?それとも訳が悪いのか?

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)小紫 Keita[*]

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