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[コメント] 冬の小鳥(2009/韓国=仏)

生きることは辛い。その辛さの大半は人と人の摩擦から生じるものだ。でも、生きることの幸せは、やっぱり誰かと心を通わせる瞬間にしか生まれない。
田邉 晴彦

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







愛する人に置き去りにされる。 どんなに愛を求めても、そこに救いの手が差しのべられることは、もうない。 家族、友人、恋人、それがどんな関係であれ、一方的に愛の終末を告げられ、取り残されることはとても苦しい。 それが、この映画の主人公のキム・セロン嬢のように、年端もいかない子供であれば尚更、そのショックは大きいだろう。

冒頭の一連のシークエンスで、キム・セロンは疑うことのない愛情を父親に寄せる。母親の不在は敢えて語られない。 父親だけが唯一この世で肩を寄せる相手だった。その父親に、あっけなく、無残に捨てられる。 そこにはきっと多くの事情がある。家庭の事情も多分にあるだろうし、当時の韓国国内の状況からして、 ベトナム戦争終結の折、生きづらい世の中だったと推察することはできる。 ただ、この映画においてはそういったバックグラウンドは語られることなく、子供の目線からこの容赦ない現実を描く。 だから、捨てられた少女にとってそこは、救いようもなく、辛く、暗く、無慈悲な世界なのである。

そんな状況の中、かつて無垢で愛らしい笑顔を浮かべていた少女は本来の感情ををひた隠しにし、 憂鬱と皮肉に満ちたまるで仮面のような表情を貫く。自分は捨てられた、という状況をこの自覚的で早熟な少女は理解している。 それでもなお、周囲を取り囲む人々との喜びも悲しみも拒否して、ただひたすら父親が自分をここから連れ出してくれる瞬間を待ちわびる。 だから、周りの大人たちが嘘をつくだびに、それがどんなに悪気なく、些細なものであっても糾弾し、 果たされなかった約束に思いを馳せ、一人その小さな胸を痛めている。

そんな冬のある日、少女は寄宿舎の庭で一羽の小鳥を拾う。 傷ついたその小鳥は飛ぶことができないため、彼女は懸命に面倒をみるのだが、その甲斐なく小鳥は死んでしまう。 小鳥を埋葬し、しばらくした後、ふと思い立ちその埋葬の跡を掘り返してみるけれども小鳥の死骸は出てこない。

少女は思案する。「あの小鳥はいったいどこにいったんだろう」と。

思案の果てに彼女はある行動にでる。自分の体もそれと同様に地中に埋めてみるのだ。まるで埋葬の儀のように。 この土の奥深くにその身を沈めれば、あの小鳥と同じように、ここではないどこかへ自分を連れ去ってくれる、 という夢にも似た呪いが少女を土の中へといざなう。少女は自らで穴を掘り、その中に身を横たえ、顔まで土をかぶせたあと、静かに呼吸を止めようとする。 しかし、生きるフィジカルがそれを許さない。自分でかぶせた土を必死に手で払いのけ、懸命に呼吸をした後、少女は声を殺して、泣く。 自分はまだ生きている。この先もこの残酷な世界で生きていけ、と無慈悲な神は言っている。 きっとたくさんの裏切りや悲しみが自分の人生には待っている。それでも、私は生きていくのだ。私は、強くならなくてはならない。                          

自らの儀式を終えた後、そう決意を固めた少女は、自分の周りの世界に向けて、張り付いたような笑顔を作る。 それはとても表層的で、擬似的なもの。少女は、悲しみを知り、それを受け入れ、一人の大人になっている。

最後のシーン。ようやく、少女の引き取り手がきまった。欧米の夫婦が彼女の養父母として名乗りを上げてくれたのだ。 その夫婦のもとへ向かうべく、修道院をはなれ、少女は一人飛行機に乗る。 強く生きていかなくはいけない、と心に誓った少女は伏せ目がちに空港に降り立つ。 どんな絶望の中でも、どんな裏切りの中でも、私は強く生きていかなくてはならない。 そうすることだけが自分を守っていく手段なんだ、と頑なに心を決めている。

けれども、それを待つのは、少女の到着を今か今かと心配気にまっている養父母の姿。 映画の中盤に登場する、これみよがしな高級車にカシミヤコートを羽織って修道院を訪れ、 子供たちを選別するような高飛車な態度の夫婦たちとは違い、修道院に自分たちの写真を送り、 「どうか僕らとともに生きてほしい」と願い出た養父母。

生きることは辛い。その辛さの大半は人と人の摩擦から生じるものだ。 でも、生きることの幸せは、やっぱり誰かと心を通わせる瞬間にしか生まれない。 たから、どうかこの健気な少女と養父母の未来に、温かい触れ合いが待っていてほしい、と心から願わずにはいられない。

監督のウニー・ルコントはこうコメントする。 「この映画を、あきらめることのない人々、状況に抗う人々すべてに捧げます」 強さと優しさ、悲しみと慈しみに溢れた作品です。 どうか、多くの人々がこの映画の存在に気づいてくれますように。

(評価:★5)

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