[コメント] ブラック・スワン(2010/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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本作の形式はバレエのバックステージもの。これはそんなに数は多くなくとも、『赤い靴』(1948)、『愛と喝采の日々』(1977)、『愛と哀しみのボレロ』(1981)など映画史に残る作品が数多く存在する。そのどれも華やかな表からは見えないバレエ舞台の裏側にある愛憎渦巻く人間関係と、敢えてそこに飛び込んで栄冠を得る人々を迫力あるタッチで描いている。
そう言った名作と較べると、本作は随分こぢんまりした印象はある。舞台に関しても、その大部分は小さなバレエスタジオと、更に狭苦しい自宅のみで展開するし、主人公のニナもあまり度胸のある方ではなく、母の望むままにバレエだけを人生として生きてきただけの女性であり、「白鳥の湖」のプリマドンナも実力でもぎ取ったのではない。そんな線の細いキャラである。
こんな舞台をアロノフスキー監督は完全に自分のフィールドに引き込んで作り上げた。
アロノフスキー作品として有名なのは『レスラー』だが、そもそものデビュー作は徹底した低予算映画『π』だった。これはほとんど自主制作作品で、舞台はほとんど一室だけで終わり、ひしひしと迫り来る圧迫感の中展開する緊張感に彩られた作品だった。 この作り方にこだわりがあるのか、本作はまさしくバレエ版『π』と言っても良い心理サスペンスとして仕上げてくれた。
本作はとにかく緊張感が途切れない。前半から中盤にかけ、ギリギリの精神状態のまま物語は展開していく。
ニナはこれまで元バレリーナの母の強い影響下にあり、今も過保護な監視体制のまま、男性とのつきあいもなくバレエ一筋に生きていた。これまでの彼女の生涯には母とバレエ以外の何者も入り込む余地はなかった。
ところが、この二つしかない人生の中、バレエの方に新しい地平が開けてしまう。これは喜ばしいことのはずなのだが、全く新しい領域に足を踏み入れることによる重圧が彼女を圧迫していく。これまで真面目一筋に生きてきたニナは、黒鳥を演じることが出来ず、そのために悩むことになるが、その芸域の拡大のため、実生活においても冒険が求められる事だけははっきり分かってしまった。これは彼女にとってのもう一つの生活、母との間に亀裂を作ることにもなる。遅かった反抗期もやってきて、常に精神的肉体的に追いつめられることになる。
これらの描写が又ねちっこく作られていて、見事に作りたいように作ったもんだ。と思わせるのだが、本作の場合、この圧迫感の先がある。
『π』の場合、その圧迫感こそが作品の目的だったが、本作はそれをあくまで道具立てであり、その後に来るバレエシーンにカタルシスをもたらすために使われた。徹底して追い込んだ後に来る見事なダンスシーンのカタルシス。これこそが映画のあるべき形だ。たとえは悪いかもしれないが、日本映画で何度も作られている『忠臣蔵』はこのフォーマットで作られているし、これが一番楽しい映画の作り方でもあるのだ。
自らのフィルモグラフィも肥やしとして、見事に映画監督として開花したアノロフスキー。これは監督自身の物語とも言える。見事!と言ってしまおう。
そしてその演技に耐えるだけの力量をあのポートマンが持てたってことも凄い。見事に役者として開花してくれた。
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