[コメント] エンディングノート(2011/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
この監督が上手いという点、それから本作に出てくるこのご家族が「理想的」なご家族という点については全く異論はない。一つ間違えれば、単純なホームムービーでしかない作品を、エンタテインメントとして成立させたことは評価できる。そのことは、このお父さんの存在があって初めて可能になっている事に異論を挟む方はいないだろう。その意味において良作である。
しかしながら、本作の鑑賞後、今考えると異常なほど不快な感情に支配されたことを告白しなければならない。
その原因は、ナレーションである。
本作、監督本人がお父さんに成り代わって、お父さんが言いそうなことをナレーションで喋るという演出をしているのだが、これがとにかく気に入らない。
なぜか?それは単なる「嘘」だからである。いくら子供とは言え、世代も性別も異なる人間が扮して喋る言葉に「被写体への真摯さ」を感じることはできない。確かにお父さんが言いそうなことから大きく外れたことは言っていなかったので目くじら立てなくてもと思われるかもしれないが、最後のシーンで「娘が勝手に喋ってる」とまで言った事によって、この感情はピークに達した。「勝手に」って何だよ??その一言はナレーションの虚構性を強調する以外に何の効果があるのか。それは冒涜、愚弄とまでは言わないが、親だからという事による被写体への甘えではないか。
被写体に対して真摯でありすぎるがゆえに袋小路に嵌ってしまった平野勝之監督の苦悩を観た直後だっただけに、バイアスがかかっていることは否定しない。それでも、こんなちゃぶ台返しをするなら、想田和弘監督のようにナレーションを排除するか、「神の視点」に寄るナレーションにして欲しかった。その一点は非常に残念であった。
(2011.10.1 109シネマズ川崎)
(評価:)
投票
| このコメントを気に入った人達 (0 人) | 投票はまだありません |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。