[コメント] 刑事ベラミー(2009/仏)
映画を見終った人むけのレビューです。
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なんと素晴らしい愛の映画だろう。
これぞフランス映画。ドイツでもアメリカでも、ましてや日本でもない、まぎれもないフランス映画。フランス人が愛のない生活などできないであろうことが、いかにも美しくいかにも自然に、そしてカラフルに描かれている。
映画も読書もそうなのだが、自分の重ねた年齢に応じて、感じ方が変わる。この映画を自分が10代の頃に見て理解できただろうか。しかし今見ると、この映画に出てくる主人公のベラミー刑事(ジェラール・ドパルデュー)とその妻(マリー・ビュネル)の関係が実に美しく実に自然で憧れてしまう。こんな夫婦関係だったらどんなに素晴らしいだろう。
しかしながら、このドラマの冒頭の事件に絡む犯人探しでは、男女の醜い愛憎が繰り広げられる。これもまた現実なのだろう。でも、たとえ醜い愛憎や苦しみがあったとしても人は愛がなければ生きられない。そう思わせるいかにもフランス映画。
最初のシーンは墓地にある写真と、墓地の周辺の美しい風景にテロップが重なる。そしてそのカメラがずーっと追いかけた先には、崖から落ちて炎上した後の黒こげになった車と遺体。遺体は運転している人の姿と飛ばされた首が映し出される残酷な始まり。
妻と休暇にきていたベラミー刑事がふとした別荘地でテレビのニュースを見ていると、この事件のことが報道されている。その同じ時間に別荘の周囲をうろうろする怪しい男が訪ねてきて、実はこの事件の犯人は自分であることをベラミーに告げる。
休暇中のベラミーだが、職業柄このことを放置できずに、妻との休暇の隙に職務外で捜査を始める。
そんな折、ベラミーの異父兄弟である弟のジャック(クロヴィス・コルニアック)が別荘に訪ねてきて平穏な夫婦の休暇を邪魔しはじめる。
物語は保険金目当てと思われる殺人事件の捜査と、仲たがいしている弟との確執が並行して進んでゆく。
愛におぼれた者、愛を求める者、愛を失い彷徨う者の三者が折り重なる複雑な物語になってゆく。
結局殺人事件の顛末は、自殺願望のある浮浪者となった男を自分とすげ変えて保険金雑人を計画したことが最後にわかり解決する。そして被告人となった人物を愛のメッセージで無罪にする知恵を弁護士に授けてハッピーエンドとなる・・・はずだったが、実は弟のジャックが兄(ベラミー)との確執のあまり車を暴走させて事故死して終わる。そのシーンはまるで冒頭のシーンの生き写しだ。人生は輪廻する。事故死の事件を解決させたベラミーが自分の弟を事故死させてしまう。残酷で悲劇的な終わりである。
弟の事故死直前、ベラミーが妻のフランソワーズに幼いころ弟を殺そうとしたことを告白するシーンは胸を熱くする。兄弟とは他人だ。子供のころ異父兄弟として育った二人だったが、弟の方が天使のように可愛いことに嫉妬して殺そうとしたことを打ち明けるのだ。これも愛の別表現と言えるかもしれない。
「目に見えぬ別の物語が存在する」詩人オーエンの言葉が映画そのものの魔力を物語っていると思う。映画の時系列には、画面に映らないものの進展や変化が必ず作用している。スクリーンの画面の外を想像させることが映画の醍醐味だ。
ベラミーやフランソワーズが交わす様々な愛の言葉の裏側にある心情の変化は、画面ではわからない。しかし、その見えないとことにこそ、本当の別の物語が存在することを的確に表現していて美しい。
クロード・シャブロルの作品を初めて見たのだが、このいかにもフランス人気質のファッショナブルで愛らしいつくりに心をときめかせてしまう。すでに故人となってしまったが、この愛の物語の数々を再考してみる価値は十分あるだろう。
愛に満たされた映画が少なくなった今。そしてなんでも画面で見せてしまう想像力の乏しい映画が増えた今。画面の奥で深く進行する別の物語に共感する機会があってもよいだろう。
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