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[コメント] ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日(2012/米)

とにかく妄想にふけるのが楽しい。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 これまでのリー監督の作品を観てきて、実に私好みの作品を作る人であるとは思っている。監督作品は画面の美しさで目を惹くものだが、実際には見た目が全てではなく、その奥にきちんとしたメッセージ性を持ち、奥深さを感じさせてくれる作品ばかりだ。

 そんなリー監督の最新作は、とても美しい作品だという。この監督の場合、美しいのは当然。問題はその奥行きだ。ちょっとワクワク感を感じつつ劇場に足を運んだ。

 確かに画面は美しい。しかし映画の始まりから中盤までは、正直、本当に美しい“だけ”の作品のようにしか見えてなかった。いくつか引っかかりはあったものの、「なんだ。本当に見た目だけかよ」と思いこんでしまった。海版の「ロビンソン・クルーソー」か『キャスト・アウェイ』(2000)だな。

 それでも3Dで綺麗な映画観られたので、それでいいか?なんて感じていたのだが、前半で少し感じていた違和感が後半になっていくに連れ、だんだん拡大していく。具体的には、私が「次にこう来るだろう」と思っていた物語から徐々に離れていった。

 ところで、最初に感じた違和感とは、冒頭シーンでパイの名前の由来で随分長い時間を用いていること、パイがこれだけ信仰深いのに、既存の宗教に囚われているわけではないということ、なんでこんなものがさも重要なように描かれていくのか。そして転覆した船で、ボートに乗ったのがパイ以外動物だけだとか…小骨が喉に引っかかるような描写が引っかかりとなっていた。

 そして違和感が最高潮に達したのが、後半の無人島のシークェンス。これは物語上ほとんど不必要と言っても良い部分で、あってもなくても良いところ。そしてラストの虎のリチャード・パーカーとの別れも全く劇的なものにはなっていない。

 この辺になっていくと、画面の美しさなんてどうでもいい。なんでこんな無駄なことやってるんだろう?という疑問だらけが出てくる。

 それでその理由が明らかにされたのは、パイがもう一つの物語を語った時。ひょっとしたらこちらが正しいというものだったのかもしれない物語。それはあまりにも精神的に辛く、だからこそ精神的な待避として動物たちの物語を作り出してしまったのかもしれない。しかし、それ又単純な解釈。

 ではここで描きたかったのはなんだろう?と考えたとき、これが普遍的な少年の成長の話として捉えることが出来るのではないか?と考えたときにストンと納得がいった。

 以降は勝手な私の解釈。間違っているのを承知で妄想レビューさせてもらおう。

 パイにとって虎とは自分自身を示すもので(これは劇中でも語られているが)、これは思春期の少年が持っている欲望を示すものと考えても良い。自分の中で日々育っていく欲望との戦いが思春期の子どもの特長で、特に虎は肉に対するものとなる。これは特に性的なものを示すが、他者を傷つけようとする暴力的な欲求も含まれる。実際虎はパイ以外の全てを食らい尽くしてしまってる。特定の宗教を持たないにせよ、信仰心に篤いパイにとって欲望は憎むべきだ敵となる。最初は戦いそのものを放棄し、それを見ないようにしていくが、やがてそれは不可能と悟り、自らも暴力的に自らの内の暴力と向き合う。自ら苦行を選ぶようなものだろう。それでやっと押さえつけることに成功した時がパイの本当の旅のはじまりとなる。他の動物たちは、パイの“もう一つの物語”においては知り合い達だが、心理学的には、これも又パイの心の一部とも考えられるだろう。例えばシマウマが傷つき怯懦な自分、狡猾なハイエナ、優しさがチンパンジーとか。

 ただし、安定したその旅は長く続く訳ではない。あくまでそれは暴力的な欲望を抑えたに過ぎないのだから。だからここで無人島のシークェンスが重要になってくる。

 ここまでは海の上でパイとリチャード・パーカーだけの物語で話は展開していたが、ここに第三者というか、社会が絡んだ所とも言える。人は一人で成長する訳ではない。社会との接触を持ち、そこで時に挫折したり、あるいは変節したりする。皆同じ所を向き、食べられる時にさえ全く抵抗しないプレーリードッグの群れは付和雷同の心なのかも知れないし、夜になると動物を殺すあの無人島自身が、移り変わる人の心を示しているとも考えられるだろう(あれがパイ自身の心ならば、最後に人間の歯を見つけるというのは、パイ自身が「人を食ってしまった」という心の現れとも観られる)。

 そして最後、人間のいる土地に戻ってきたところでリチャード・パーカーは何も告げずにパイの前から姿を消す。己の持つ獣性を手なずけるのではなく、自然と抜けていく事によって、パイは精神的に完全に成長した。以降、パイは心の平安と優しい心を持つに至る。

 それでパイの名前も意味を持つことになる。πとは割り切ることが出来ない記号であり、それこそが人間であると言う事を示そうとしたのだとも思える。

 …という妄想を膨らませてくれた。これだけ色々考えさせてくれただけでも本作はとても楽しい。勿論最高点を差し上げたい。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)ユウジ お珠虫[*] サイモン64[*]

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