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[コメント] ザ・シンガー(1979/米)

一六八分版。取り上げるべき挿話に事欠かなかったとは云え、キャリア最長の尺を強かに纏め上げたジョン・カーペンターの職人的演出術は無償の称賛に価する。カート・ラッセルの気合い乗りもじゅうぶんで、ことさら似ているでもないはずだが、肥満前のエルヴィス・プレスリーに心身ともに成りきっている。
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公開後三〇年以上も経て見るとなると、新たに明かされた未知の事実に触れるという評伝ならではの愉しみを期待するのはさすがに難しい。しかしながら、ナタリー・ウッドとの交際であるとかジェームズ・ディーンに対する狂いぶりであるとか、小耳に挟んではいた小挿話群が惜しげなく盛り込まれ、まずプレスリーの伝記映画としての確かな品質は約束されていると云ってよい。あるいは定かではないけれども、この映画によって初めて広く世に知られることになった逸話も少なくないのかしらとも思われる。母親および出生時に死亡した双子の兄の存在が強くプレスリーの生涯を規定したという見立ては、むろん解釈に過ぎないのだろうが、物語的によく筋の通ったひとつの解釈を提出し、曲がりなりにもプレスリーの「正史」を語らんとする意気込みが認められる。

カーペンターの演出は、一言で云って卒がない。いびつな突出や奇抜な着想といったカーペンターらしさは半ば眠ってはいるものの、物語を確実に語るというカーペンターのもう一側面を見直すには好個の作物だろう。ベガスのカムバック公演を控えて自邸でリハーサルを行うシーンでは、代表曲のひとつ「サスピシャス・マインド」がプレイされ、演奏も快調、一時は音楽映画らしい幸せに充たされるが、夫とともに過ごす時間を切望する妻のシーズン・ヒューブリーがそれを苦々しく目撃する。もちろんこれは一例に過ぎないが、このように複雑な感情で引き裂かれたシーンには演出家の確かな仕事が刻まれている。

 余談ではございますが、「エド・サリヴァン・ショー」のシーンで司会エド・サリヴァンを演じたウィル・ジョーダンという人はサリヴァンの物真似芸でよく知られたスタンダップ・コメディアンらしく、本作『ザ・シンガー』に加え『抱きしめたい』『バディ・ホリー・ストーリー』『ドアーズ』『ミスター・サタデー・ナイト』『恋は邪魔者』などでサリヴァン役を務めているそうでございます。

(評価:★4)

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