[コメント] その壁を砕け(1959/日)
アバンタイトル及びクレジットバックは、小高雄二が中古車屋で20万円のワゴン車を購入し、恋人−芦川いづみの待つ新潟まで車を走らせるという場面だが、この冒頭からとても目に留まる画面造型なのだ。道を行く自動車の俯瞰ショット連打がダイナミックだし、運転する小高のミタメの(フロントガラスからの)ショットと思っていると、カットを割らずにカメラが反転して小高を正面から見せるといったアクロバティックなカメラワークもある。また、伊福部昭らしいシリアスな劇伴もよく合っている。クレジットが開けた後の、夜のドライブシーンも実に不穏なムードをたたえてスリリングなショットが続くが、突然、警察官に車を停められ、小高は殺人容疑で取り押さえられるという展開になる。
さて、出演者クレジットの最初は、長門裕之と芦川いづみの2人が並んで出る。長門は小高を誤認逮捕した際に関わっていた警察官役。前半は多くの助演者の中の一人、という位置づけにも感じられたが、中盤になって、彼が事件の状況について疑問を持ち始め、独自に再捜査するという役回りになり、小高以上に主人公らしくなって来る。こゝまで書くと、もうメインプロットが推測できると思うが、本作は、小高の冤罪を晴らすことが出来るのか、という映画だ。このプロットを推進する中で、最も重要なファクターが、小高の無実を信じる芦川の存在なのだが、もっとも、芦川の出番はそんなに多くはない。しかし、彼女が芦田伸介に弁護を依頼する場面が本作の白眉だと私は思う。この場面の芦川の美しさと聡明さには鳥肌が立つような感動を覚える。さらに、長門が事件に疑問を抱くきっかけの一つも、芦川の態度に拠る。それは長門だけでなく警察署長−清水将夫にも影響を与え、プロットは、警察組織が誤りを認めることができるか、という点に焦点があたっていく。
では、良い細部の演出をいくつか書いておく。事件発生直後に本署の刑事−西村晃が現場検証する場面でじっくりと長回しの俯瞰ロングショットを使ったり、小高と芦川を聴取室で合わせる際に、2人を手前に映し、西村ら刑事を後景に配置したディープフォーカスの画面、あるいは、芦川と彼女を訪ねた警察署長−清水が2人で歩く横移動、その背景に汽車が走るのを取り込んだショットなど、これらは例に過ぎないが、目を瞠るような画面は随所に出現する。脇役の中だと、被害者の長男の嫁−渡辺美佐子のいわくありげな扱いもとてもいい。
あと、最初に筆が滑り過ぎか演出がやり過ぎか、と書いた点について少し説明しておくと、小高へのオーバーアクト気味のディレクションなんてこともあるけれど、何と云っても念頭に置いたのは、実地検証シーンで被害者の妻−岸輝子に対して、裁判官の信欣三】が執拗に問い詰め、さらに、芦川が、小高を助けて下さいと岸に懇願する場面だ。その心持ちは理解できるにしても、芦川の聡明さが損なわれる演出であることは確かだと思う。この部分ははっきり難点として指摘したい。
#備忘でその他の配役などを記述します。
・冒頭の中古車販売店の店員は佐野浅夫。小高が勤めている自動車修理工場の先輩(?)で垂水悟郎。
・芦川が勤めていた新潟の病院の看護婦長は高野由美。
・事件の被害者の息子(次男)で木浦佑三、その妻は峰品子。被害者の隣家の酒屋は浜村純がやっている。
・長門の母親は三崎千恵子。渡辺美佐子の実家は柏崎で母親は田中筆子。
・西村晃の部下の刑事役として下條正巳と下元勉。警察官では青木富夫がいる。
・芦川が働くことになる長岡裁判所の近くの食堂の主人は、横山運平。
・被害者の妻は北林谷栄ではない(北林は出ていない)。
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