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[コメント] 大学の若旦那(1933/日)

1933年の清水宏はまだまだサイレント(彼のトーキー第一作は小津と同じで1936年だ)。しかし、インタータイトル(挿入字幕)のリズム、文字の量、大きさなどで良いテンポを生み出しているとは云え、もう既にほとんどトーキーの演出じゃないか。
ゑぎ

 科白の音声を入れるだけでトーキーになるように思えるということもあるが、それ以上に実に効果音を意識させる演出が随所にある。現在見ることのできるパッケージが、劇伴だけでなく効果音やラジオ実況まで入ったサウンド版だから、ということと関係なくそう感じる。

 では音を意識せずにはいられない(逆に云うと音を意識して演出したとしか思えない)部分を列挙しよう。まずは、拍手の多用だ。本作は拍手の映画と云っても過言ではないぐらいじゃないか。主人公の藤井実は醤油醸造店の若旦那(長男)で大学ラグビーの花形選手。大学のシーン、ラグビーの練習や試合シーンが多数あり、大山健二率いる応援団が何度も出てきて、三々七拍子で手を打つ。この応援団の拍手は醤油店の店先でも行われる。また、藤井には妹が二人おり、長女の坪内美子の結婚披露宴では、藤井と叔父の坂本武が場違いなほど拍手をする。後半ではラグビー部を除名された藤井を復帰させるかどうかの部内会議の席でも拍手が描かれる。

 あるいは、藤井は学生の身分だが芸者遊びやレビューダンスにウツツを抜かす。これにより、半玉(芸者見習い)の星千代−まだ15歳の光川京子や、レビューガールの逢初夢子が相手役として見せ場を作るが、同時に芸妓のお座敷芸−三味と舞いの場面や、レビューダンスの舞台という音楽を意識させるシーンをお膳立てするだろう。他にも、本作は、けっこう打擲シーンが多い映画で、藤井は店の小僧(丁稚)−突貫小僧の頭を小突くし、ラグビー部の後輩で逢初の弟−三井秀男や、店の番頭(忠どん)−徳大寺伸】を殴る場面もあり、三井には姉の逢初をかなり激しく何度も殴るシーンや(こゝはちょっとクサい)、先輩の藤井をも殴る場面がある。打擲ではないが、突貫小僧が大旦那(藤井らの父)−武田春郎の肩たたきをする場面も含めて「叩く音」を感じさせるのだ。

 あと、終盤のラグビーの試合の場面ではラジオの実況放送が表現されていて、このシーケンスの始まり自体が試合会場のスピーカーの大写しだし、醤油店の中では父−武田がヘッドホンをしてラジオを聞く。これにより、弟−坂本から掛かってきた電話になかなか出ない、出てもヘッドホンをしていて声が聞こえない、といった小芝居を見せる。これらは音が聞こえない、ということで、逆説的に音を意識させる演出だ。ちなみにラグビーの試合シーンも実に上手く見せる。

 尚、書くのを最後に取っておいたが、藤井と坪内の妹(次女)で、水久保澄子が出て来る。本作では大きな見せ場はないが(と云っても父−武田が番頭の徳大寺と結婚させようとしているというプロットのキーの役割を担う)、今見ても現代的なアイドルのようなルックスで、ひと際愛らしい。もう一人、まだ書いていない重要な脇役がいて、坪内の婿になる斎藤達雄だ。登場シーン(障子の覗き穴から見たミタメ)で、藤井から「気持ちの悪いやつ」と云われるのも可笑しいが、この後も、藤井と良いコンビでコメディパートを務める。

#備忘でその他の配役などを記述します。

・冒頭の大学で授業する教師は河原侃二。ラグビー部のメンバーには、日守新一山口勇笠智衆もいる。

・斎藤の馴染みの芸者で若水絹子。待合の女将は吉川満子

・逢初のアパートの部屋には『西部戦線異状なし』と『鷲と鷹』のポスター。

(評価:★3)

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