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[コメント] 私の、息子(2013/ルーマニア)

素っ気ないドキュメントスタイルのカメラが捉える主眼として認められるのは、奮闘を重ねる母親ではなくむしろどうしようもない息子である。この男を口を極めて罵倒し、あるいは叱咤するのは容易であろうが、周囲の人間の助言を無視して「赤子」がみずから動いた結果を見誤っては仕方ないだろう。男にとっての精一杯の行動を見定める物語にして、この方法論は正しかった。
水那岐

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







母親との密なる空気を親しいものにしているわが国の男たちからしても、この映画に見られる母子の関係は濃密すぎるものが感じられる。去勢の話題が冒頭に現れたときは一過性の冗談かとスルーできたのだが、母を拒みながらその愛撫を当然のように受ける「膏薬塗布」のシーン、そして彼を最終的に遠ざけることになる恋人が、「潔癖」の旗印のもと彼女との直接のセックスを「常に」拒んでいる伴侶の性癖を語るシーンには肌が粟立つ。男はすでに母親によって去勢され、その男根を求めなおすことすら心に描かないのだ。これはある意味、この世代の男たちの一笑に付すことのできない共通の恐怖のアレゴリーだろう。

だからこそ、われわれは自らの合わせ鏡である男に嫌悪を隠すことなく接しながらも、彼という人格から目を離すことができない。終幕までにこの男が憎悪しながらも身を委ねざるを得ない大きな存在を突き放すことができるようにと、ただ願う。

先にこれは息子の物語だと書いたが、これはもちろん出づっぱりの母親の物語ととるほうがしっくり来るのは確かだし、世代や性別でも読み替えられるだろう。だが、若さを失いかけた世代の観客にとってはこれは甘美な地獄の物語であり、その中央に沈む鬱陶しいヒゲ野郎であれそいつは自分の分身だ。そのためにラストにおいて、「主人公」の行動の結実にわれわれは深い安堵の息をつけるのだ。何十年もかけて地獄から自分の足で浅瀬に立ち戻る、その行為のきっかけの一歩に。

(評価:★4)

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