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[コメント] アメリカの影(1960/米)

ビート時代のアメリカを知る、最も資料性の高い作品。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 人種のるつぼとも言われるニューヨークを舞台に、当時の若者のやるせなさをそのまま叩きつけたような作品に仕上げられている。

 インディペンデント映画を定義づけることは無理だが、製作のシステムに捕われることなく、好きなように作ることが大きな強味。職業としてより芸術家としての監督の力量が問われる作品とは言えるだろう。

 特に本作は“生の迫力”と言うものに重点がおかれているのが特徴。世界大戦からすでに15年。戦争は遠く離れ、世界第一国として大きく躍進しているアメリカと言う国。しかしそこで住んでいる人は幸せになっただろうか?この現実を見てみろ!と言わんばかりの骨っぽい作品に仕上げられている。

 平和の中で、逆に人間関係はギスギスしたものとなり、どんどん新しいビルディングが建てられるその中で、底辺に住む者たちは余計に生活が苦しくなっている。様々な人種が住むニューヨークの中でも、やはり人種差別は色濃く残り、そのような者たちを食い物にしようとする者たちであふれている。

 それまで映画をエンターテインメントとして楽しむため、あるいは記録としてしか考えていなかった人たちにとって、この作品は驚きだっただろう。フィクションでありながら、これだけ現実に即した作品が作れるのか。特に映画人に与えた衝撃は想像して余りある。

 世界的に観るならば、それまでにもこのタイプの作品は結構作られていた。フランスではすでにヌーヴェル・ヴァーグの流れが始まっていたし、それ以前にもイタリアのネオ・リアリスモ、日本での敗戦後の生活を扱った作品など。これらは娯楽に迎合するではなく、たとえ辛くとも現実を観ようとする視点を持っていた。しかし、ハリウッドにとってはそれらは遠い海の向うの話で、ハリウッドはハリウッドで独自の作品を作っていれば良いのだ。という開き直りの風潮があった。そんな中で投入された本作は、やはりアメリカではアメリカでしか作られない作品がある。と言うことをはっきりと示して見せたのだ。ニューヨークから始まった流れはニューヨーク・インディペンデント作品の諸作品へ、そしてハリウッドにも取り入れられていくことになる。引いては世界中へと広まっていく(日本ではATGが一番その影響を受けているようだが)。世界的な映画史においても本作は大変重要な位置づけにあるわけである。

 本作の位置づけを改めて考えてみると上記のようになるのだが、ただ現代の目から見ると、やはりかなり粗削りな作品ではある。脚本なしの即興で作られていると言うだけあって、根本的に話がよく分からない。一つのシークェンスが終わると唐突に舞台が変わり、そこで新しい(しかも退屈で救われない)物語が展開するため、それを理解するまで観ている側は混乱してしまう。それにこればかりは仕方ないのだが、その当時の空気を吸っていない人間からすると、頭で分かったふりをしても、本当にこの作品のリアルさを共感できないのだから。

 その意味では、本作は資料性は高くとも、共感できるレベルには至らない。オチもなく、救いない状況に兄妹が依然として留まっているうちに唐突に物語が終わるので、どうにもすっきりしないまま。特に現代から観るならば、それなりに本作が作られた状況を知っておく必要はある。

 本作はカサヴェテスを監督として大変有名になったが、決して本作で大儲けしたわけではないし(撮影開始は1957年で、上映にこぎつけるまで2年かかった)、ほとんど報酬なしで参加した友人スタッフやキャストにも充分報いたわけではない。決して商業主義で作ったわけではなく、本当に“私はこれを作りたいんだ”という、いわば自己満足のために作られている。しかし、やがてこのスタッフやキャストはカサヴェテス・ファミリーと呼ばれるようになり、常に監督と共にあるようになる。これから製作費不足の中、それでも映画を作り続けていった監督にとって、何よりの収穫はそれらの人たちを得たことではないだろうか。

(評価:★3)

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