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[コメント] 踏みはずした春(1958/日)

初期鈴木清順の、瑞々しい青春映画の佳編。主演は左幸子で、多分、清順としては初めての女性主人公の作品だろう(この後も野川由美子主演の3作だけではないだろうか)。
ゑぎ

 また、この頃の清順作品の中では、最も役者が揃っている作品と云っていいと思う(後に大スターになったということ含めて)。内容的にも、これまでの清順が得意としたスリリング(かつセンセーショナル)な犯罪映画にとどまらない、社会派の要素が盛り込まれており、ロケ撮影の多さ、カメラワーク含めた画面のゴージャスさといった面でも、一皮むけた作品だと感じられる。

 また、60年代以降によく見られる清順特有の奇矯な演出や繋がらない繋ぎは、まだ影を潜めているが、清順らしい空間の重層的な捉え方は、この時期すでに芽生えており、本作でも多数例示できる。最も顕著なのは、冒頭近く、はとバスのバスガイドをやっている左幸子が、事務所に帰社したシーンで見せるシーケンスショットだ。事務所の中には、小さな階段上(中二階みたいな場所)に、女性用ロッカールームと思われる部屋があり、これを男性事務員もいる執務室側から、窓ガラス越しに撮って、部屋の中の女性たちのスカートと脚のショットとして見せる。

 あとは、高低を意識したロケ地が多く選ばれていて、さりげなく二重構造的な空間が提示されている点を指摘したい。例えば、歩行者用道路から側道へ入ると急な階段になっていて、階段の上に立ち止まる通行人、階段途中には左幸子と小林旭を上下に配置し、シネスコいっぱいに収めた画面造型だとか、小さな段差のある道路を用い、段の上を歩く左幸子と下を歩く小林を横移動で捉えるショットだとか。あるいは、左幸子が浅丘ルリ子の勤めている幼稚園を訪ねた場面でも、園内の段差を使って、段の上を歩く浅丘と下を歩く左幸子といった見せ方をする。そして、雨の中、小林が宍戸錠らに痛めつけられる場面では、排水溝の下からカメラを真上に向けて仰角で撮ったショットも出て来る。

 遅ればせながら配役と人物関係を少し記述しておくと、主人公の左は本業のバスガイドの他に、保護司をサポートをする民間のグループ(BBS)に所属していて、その最初の保護・善導対象者が、少年院を出たばかりの小林旭だ。他の主要人物だと、小林のかつての恋人が浅丘。宍戸は、小林と因縁のある(浅丘に横恋慕する)不良だ。他には、小林の子分のような野呂圭介と保護司役の二谷英明ぐらいか。

 普通にとても良いシーンとしては、小林が初めて左幸子の家を訪ねた場面での、感極まってずっと顔を伏せたまゝ(多分泣きながら)喋る左の場面がある。また、こゝで小林が夏蜜柑を部屋の隅に落とした後の演出も、アクシデントを回収したのだと思わせる、臨機応変な清順の演出がよく分かる場面だ。他にも、左と浅丘が海水浴に行ったシーンで、パラソルの陰に横臥していた浅丘が、やおら立ち上がって岩場の方へ歩き出すのを、横移動で捉えるショットの情感創出も素晴らしい。とにかく、シネスコの美しい構図は全編目白押しだ。

 惜しむらくは、終盤のクライマックス後、悪役としての宍戸の落とし前が割愛されてしまうといった部分で活劇として締まらないところか。だとしてもラストを含めて(上に書いた海水浴のシーンなども含めて)、左幸子の小林への感情が画面に溢れる造型は良いと思う。小林を更生させる情熱以上に、小林に対するストレートな恋情を画面に定着させていると私には思える。この感情の描写に感動する。

#備忘でその他の配役などを記述します。

・小林の母親は田中筆子で、左の母親は夏川静江

・BBSの大御所という感じの産科医に清川玉枝

・小林がつき合うキャバレー「ナルシス」のホステスは東谷暎子

・宍戸の子分には武藤章生関弘美柳瀬志郎がいる。

・小林の母親−田中筆子が勤める会社の重役で安部徹。社員には深江章喜ら。

・刑事役では、殿山泰司高品格久松晃ら。

・キャバレー「ナルシス」の客の女性で若き清水まゆみがいる。

・渋谷周辺のロケ撮影が多い。終盤は「大和田通り」の看板が見える。現在の渋谷マークシティから道玄坂へ抜ける横丁だ。

(評価:★4)

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