[コメント] 我輩はカモである(1933/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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疲れた…笑いすぎて疲れた。マルクス兄弟初体験は大成功。
もともと舞台出身なだけあって人物との掛け合い(間)は完璧で、更に歌もある。よくマルクス兄弟を語るのに、「ヴォードヴィルがそのままスクリーンに移行されている」と称される。まさしくその通りで、映画という枠組みにおける、彼ら独自のやり方(攻め方とも言うべきか!)は完璧なのだ。1作しか鑑賞しないでこんな大それたことを言うのは変な話だが、僕にしてみれば「だって本当なんだもん」と言うしかない(苦笑)
(ただ初期の5作品の内、作品を遡るほど「舞台的すぎる」と批判されたとか。本作、あれで舞台的すぎないのか!と思っちゃったりするが、やはり『ココナッツ』など自分の目で確認してみたい)
また、「時代」も彼らの強烈な後押しをしていることを再確認。言わばトーキーの発明がなければマルクス兄弟はヴォードヴィルに埋もれたままだったということ。喜劇というレベルでチャップリンやキートンと肩を並べて語ることができるのもトーキーのおかげだ。グルーチョとチコのお喋り<トーキー>と、ハーポの芸達者でコミカルな動き<サイレント>の融合こそマルクス兄弟。30年代前半といえばキートンやロイドも長編を撮っていたが、やはり、この時代に順応できていたのは完全にマルクス兄弟なのだ。
度肝を抜かれたのは鏡ネタだが、ハーポのギャグ(全て!!)には爆笑必至。レインコートから出てくる数々の小道具はサイレント時代を彷彿とさせる。まぁ、レモネード売りとの死闘にも爆笑したけどね(笑)。また、「援軍」ネタではどっかの資料映像を組み合わせて競泳シーンだとかイルカだとか猿だとか…「そんなのあり!?」という悪ノリも伺える。ハーポの身体に刻まれていたペイントもそうだけど、何もかもが1930年代のギャグに思えないんだよね…。凄すぎる。
以上、30年代の映画にして全く古臭さを感じさせない出来。40〜50年代の白黒映画のほうが古臭さという意味では強烈なのではないか。まさに奇跡。
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