[コメント] 我輩はカモである(1933/米)
フォークロアのような痴の聖化は社会時評といかにも相性が悪く単なる他虐に陥っている。他虐者を罰する試みは霧深い愚者の自意識を探るうちに、怪獣映画のような実験精神に至っている。
その場しのぎを徳とする人間を放置すればどこに向かうのか。彼らを互いにぶつければいかなる化学反応が惹起されるのか。即興は戦場の物理的現実に対応する代表的な心性であり、そこで彼らが淘汰されない理由が知れるはずなのだが、社会時評は生真面目に他虐者たちの懲罰をやってしまう。
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