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[コメント] タクシー運転手 約束は海を越えて(2017/韓国)

ジャケ写とは全然違うイメージを受ける作品。こういう不意打ちがあるからたまには予告すらも見ずに前情報0で見るのもいいんですよね。
deenity

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







本作は今年度の作品ではありませんが、今年のホームラン級の当たりは『パラサイト』に引き続き二本とも韓国作品ですね。 評価が高いのは元々知っていましたが、ジャケ写の感じからもソン・ガンホの人の良さげな笑顔と明るさが溢れてるからハートウォーミングな映画かと思って一旦スルーしてました。ただ、実際はかなりイメージとは異なりますね。

光州事件。正直全然知らなくてピンと来なかったのですが、1980年に実際に韓国の国内で起きた民衆蜂起らしくて、本作での描かれ方が忠実だとするならばあれはまさに戦場ですね。街は閑散として無駄な人影もなく、貼り紙や横断幕が風に吹かれている。トラックの荷台には多くの学生が鉢巻きをまいて抗議運動を行う。 勝手な先入観でいくと民衆側の抗議デモとかもちょっと引いて見てしまう自分がいるのですが、事実は軍による暴行行為などに対しての抗議となれば正当な主張であり、その訴えに対して徹底的な武力での鎮圧を図ろうとする軍には嫌悪感を抱かずにはいられないわけですね。

ただそれが嫌悪ぐらいなもので済めばいいですが、現実の凄惨さは言葉を失うほどで、平気で丸腰の市民に対して棍棒で殴る蹴るなどの暴行、射殺。本作内では描かれませんでしたが強姦もあったとされていますし、軍の行為の残酷さは許しがたく憤りを感じるわけですね。

本作で上手かったのはソン・ガンホ演じるタクシー運転手のキムを観客と同じ視点に置いたことにあります。 序盤、彼はデモ行進に対しても何も関心を持たず、情報操作があったとはいえ一切情報も知らず、ただ金のためだけに光州へ向かいます。さらには面倒なことになりそうならば客を置いてとんずらこいてしまうような人間性。彼はヒーローでも何でもなく、金に意地汚くずる賢いどこにでもいるような無知な一市民でしかないわけです。

そんな彼がたまたま儲け話を耳にし、たまたま外国人記者を乗せ、たまたま危険な光州に行ったに過ぎず、偶然とは言えその現実を知り、知らなかったままにはできないと奮闘するところはグッと来るものがあります。身近に感じるような人間が変化していく様はやはり応援したくなるわけですね。

結果的に大事を成し遂げるに至ったその心情の変遷が一つの見所であると同時に、考えるべきは本作のテーマである「情報」ですね。

あのドイツ人ジャーナリストがいなければ、事実の隠蔽工作がなされて未だにこの事件の真相は知らないままだったかもしれない。キムと同じ視点にあったからこそ同じように光州での現実に衝撃を受けたはずだし、それをそのまま知らなかったのままにしてはいけないという使命感が芽生えたはずである。これはいかに情報というものが大切で、同時に我々は与えられた情報を鵜呑みにし、真相を知ろうとしていないかということにも繋がってくると思います。隣町なのに全然知らずに世間話をしている市民がまさに印象的ですね。

長々と書いてしまいましたが、本作は本当に評判通り素晴らしい作品でした。本作を見ることで知らなかった光州事件についても知れましたし、情報の重要さについても考えさせられました。ソン・ガンホのあの雰囲気はやはり彼にしか出せない味ですし、一人の人間の成長譚としても完成度の高い作品です。 ラストの粋な感じもわからんでもないですが、最後は再会してほしかったものですね。

(評価:★5)

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