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[コメント] グリーンブック(2018/米)

ロードムービーの傑作がまた一つ誕生した。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 1990年代から2000年代にかけてのコメディの第一人者とされたファレリー兄弟。監督の作品は他のコメディ作品とは大きく異なる特徴がある。

 それは、マイノリティを笑うという点である。

 このように言ってしまうと、差別主義者のように思われてしまうが、全く逆。

 監督はマイノリティを嘲笑するようなことはしない。その笑いというのは、世間とマイノリティの間にあるちょっとしたすれ違いを笑いに変えると言うことで、非常に敬意を持って暖かい笑いに仕上げている。

 このバランスはとても難しい。下手に作ればいろんなところから非難を受けるし、笑い一つをとっても差別主義者のレッテルを貼られかねない。だから基本的にどの監督も制作には慎重になるし、ましてや製作陣はなかなかOKを出さない。作れる事自体が珍しいのだ。更にバランスとれた笑いに出来る映画監督はこの兄弟しかいない。

 そんな監督が今回着手したのは人種差別ネタに関して。

 これは今の時代に作るには非常に難しいテーマである。これまで監督が作ってきたネタと較べれば多少一般受けしやすいネタではあるものの、これを笑うのは危険すぎる。

 事実、同じテーマを扱う場合、真っ正面から描く社会派映画になってしまうことがほとんどで、笑いにするのは難しい。これまでのオスカー作品も人種ネタは結構多くて、近年でも『それでも夜は明ける』(2013)や『ムーンライト』(2016)が人種差別を描いているが、どちらもとても真面目で、だいたい観ていて息が詰まるような作りになってた。

 これをコメディで描くと言うのは相当な度胸がないと挑めない。

 そして本気でそれに挑み、嫌みなく見事にコメディに仕上げてくれた。設定だけで充分本作の本気度と凄さが分かる。

 そしてその設定の良さに下支えされた上で、ストーリーとキャラクター描写がしっかりなされ、作品そのものの良さになってる。

 本作の構成は典型的なロードムービーに則っている。

 ロードムービーは立派な映画のジャンルだが、単に旅をすることを描写するのが主題ではない。旅を始める際、いくつかの問題を抱えた主人公が旅の間にいくつものトラブルを経験しながら人間的に成長し、旅の終わりに一皮むけた存在になるというものが基本構造となる。その基本姿勢をちゃんと理解しているからこそ、本作は立派なロードムービーとなっているのだ。

 本作でもトニーは冒頭で民族差別者として登場する。それで自覚している部分と無自覚の部分がある訳だが、自覚してる方は簡単で、アフリカ系は汚らわしい存在として考えていることと、学がないためにインテリに対して憎悪を持っているという点。一方無自覚な方は自分の持つイタリアンな考え方を変えられないという点だった。ギャングの多いイタリア系に対する民族差別もある中、差別を行う側と受ける側のどちらも持っているのがトニーという存在。こういう人物が行き着く先は決まっていて、「家族を絶対的なものとして大切にする」というものになる。彼にとっては自分の周りのイタリア系の人たちだけが最上位であり、他はどうでも良いという考え方になっていく。

 人種差別に関しては、これが仕事であると割り切ることでドクターを受け入れることは出来た。差別意識も金と仕事上の義務感によって簡単に克服出来た。

 だが無自覚な変化を恐れる心に関してはなかなか厄介。旅の間、ドクターに対しては度々「挑戦しろ」と言いながら、自分自身の価値観は変えられずにいる。

 そんなトニーが旅を通してドクターの本心を知っていき、その危機を助けている内に、自分もまた変わっていったことに気づかされていく。事実冒頭部分とラスト部分でトニーが言っていることややっていることはほとんど変わりないのに、その言動がとてもマイルドになっているのに気づかされる。

 家族(ファミリー)に対してのみ持っていた愛情がより広い範囲にわたっていくようになっていく。ラストシーンの食事シーンはまさに自覚的無自覚的に変化を受け入れた心を表したことになる。

 一方のドクターもまた旅を通して変わっていく。

 旅を始める前のドクターはアイデンティティの在処に惑う存在だった。傑出した芸術家として認められた自分自身は、世界で唯一の尊敬されるべきアフリカ系だったが、彼は孤高だった。この世で唯一高見にいる自分は他のアフリカ系の人々とは違う存在としか思ってない。それでもこの南部の旅を始めたのは、今の自分に出来る事を挑戦したいという思いからだろうが、トニーとは違って「変わりたい」という思いがあったからかもしれない。それだけアイデンティティの欠如に悩んでいた。

 自分の認識を変えるために旅に出て、その通り認識は変わった。それは自分自身がどれだけ頑張っても南部の認識は変えられなかったという現実を突きつけられたことだが、同時に孤高の存在でなくても構わないのではないかという、自分自身の乗り越えである。それが出来た時に、人として一歩成長出来た。

 その意味でまさにロードムービーそのものだろう。

 それを支えるキャラも実に良い。

 これまで痩せ形で無口なキャラばかり演じていたモーテンセンがここでは小太りで口先の上手さで世渡りするという全く逆のキャラを演じているのだが、これが意外にも上手くはまっていて、見事な演技を見せてる。とにかく食ってる演技が見ていてすかっとする。  もう一人の主人公アリも繊細なピアニスト役がぴったり。まさか直前に観た『アリータ:バトル・エンジェル』のベクターとは思いもしなかった。

 設定、物語、人物全てが高水準にまとまった見事な作品だ。

(評価:★5)

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