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[コメント] お加代の覚悟(1939/日)

これは傑作。このエンディングを嫌う観客もいるとは思うが、私はいびつなプロット展開が大好物なので、逆に図太さを感じて胸がすく。ただし、窓で始まり窓で終わるということで、ショットレベルでは落ち着きの良い構成だ。
ゑぎ

 冒頭は窓を拭く田中絹代−お加代。続いて、長火鉢の前で湯豆腐と燗酒を用意するお師匠さん−三宅邦子の場面になり、三宅が一人で誰かに話しかけるのだが、トラックバックすると、三宅以外に誰もいない。気狂いの役かと思ってしまった。これは彼女の酔狂だ。でも見方によると、三宅の白日夢とも受け取ることができると思う(そういう演出意図もあるだろう)。また、中盤で、三宅が内弟子の田中に、お加代ちゃんは夢をみたのよ、という趣旨のことを話す場面があり、さらにエンディングの10分強に及ぶ唄と舞いのシーケンスも、まさしく夢だと思う。それは、田中の白日夢であると同時に、島津保次郎が我々観客に見させてくれた夢と云うべきだろう。これは夢を描いた映画なのだ。

 さて、本作も本当に繊細な演出・画面造型を感じる作品だ。いくつか例示しておこう。例えば、田中が信用堂の若旦那−上原謙と甘味処でお汁粉を食べた後に、稽古場で舞うシーン。こゝで使われるアクション繋ぎも良いものだが、蓄音機にもたれかかった田中のショットに上原の声がフラッシュバックし、やゝあって唄い出す。こゝの田中が実に可愛い。あるいは、上原の母−葛城文子が三宅を訪ねて来た場面の演出の肌理細かなこと。嬉しさで顔を輝かす田中。「春子さんのことだわ」と云う科白とともに動揺する田中。そして泣く田中。涙を隠しながら、葛城の履物を揃えるという所作にも感嘆するが、三宅がすぐに田中の想いに気づくという演出がたまらない。この後、上に書いた「夢を見たのよ」というクダリになる。

 そして最後のシーケンスだ。まずは一人稽古場をうろうろする田中を捉える部分で、空の部屋をパンするショットに彼女をフレームインさせる画面に驚かされる。唄い始める田中。そこに三味と男性の謡いが劇伴として入る、云わばミュージカル処理になる。すると田中が踊り始める。オフで鶯の声も入る。こゝから、書き割りもある劇場の舞台で舞う田中に繋ぐというのが呆気にとられる演出だ。しかも、こゝはずっとクレーン撮影だろう。浮遊するように移動しながら寄ったり引いたりする。「清十郎はどこへ?」と云う田中の科白。演目は「お夏清十郎」だ。いやこの演出には仰天した。田中の舞いも素晴らしいものだと思うが、何よりも島津の大胆さに恐れ入る。

#備忘でその他の配役などについて記述。

・三宅のお兄さんは河村黎吉。お加代−田中に稽古をつけてもらう。

・相模屋のお嬢さん・春子は坪内美子。ワンシーンのみの登場で科白なし。

・内弟子の田中は実年齢30歳だが、7歳から12年、つまり19歳の役。お師匠さんの三宅は実年齢23歳ぐらいで田中よりも7つ下。でも貫禄ある。

・三宅が戦地の夫に下駄とタワシを送る。「たまには下駄も履きたいでしょうよ」

(評価:★4)

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