[コメント] ロケットマン(2019/英)
映画を見終った人むけのレビューです。
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2018年のクイーンを描いた『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)の大ヒットが記憶に新しいが、それを当て込んだか、製作者のフレッチャーは今度は監督としてエルトン・ジョンの伝記を作り上げた。
『ボヘミアン・ラプソディ』は2018年末の作品だったが、2018年の最初の映画で『キングスマン:ゴールデン・サークル』(2017)があり、そこでエルトンが出演していたのを私はしっかり覚えており、『ボヘミアン・ラプソディ』観終えたときに、「同じバンド・エイドに出演した二人がだいぶ違った方向に行ったもんだ」と妙な感心をしたもんだが、本作の製作を知ったとき、エルトンにも意地ってもんがあったんだと妙な感心した。
そしてエルトンの伝記として作られたのが本作となる。
エルトンに関しては当時から色々とニュースになっていた。若くしてスターダムにのし上がり、出す曲出す曲がヒットするというだけでなく、割と初期からゲイである事を公言したり、麻薬依存症で何度も逮捕されたりと、何かと話題に事欠かない人物だった。
そんな人物だから伝記映画になりやすいと思ってたし、ようやく映画になったかという思いもある。
そして実際に観てみたところ、『ボヘミアン・ラプソディ』とは質的にも構造的にも似ている。
天分の才能が認められない事へのコンプレックス。一旦栄光を手に入れるとトントン拍子に行き過ぎて本人が図に乗ってしまうこと。極端な忙しさと莫大な収入を同時に手に入れた末に行き着く先はアルコールと薬物に溺れることとなる。フレディとエルトンの場合はセクシャルマイノリティということもあって、そっち方面にも溺れることになる。そして常軌を逸した行いがやがて人気の陰りと共に罪に問われることになっていく。
この2作品、構造だけ観ていればほぼ同じ事をやってることになる。『ボヘミアン・ラプソディ』が上手くいったので、本作もそれを踏襲したのだろうが、本作はそれが上手く出来ていない感じ。
それは音楽による陶酔があったかどうかで言い表せると思う。
『ボヘミアン・ラプソディ』での二度にわたるボヘミアン・ラプソディのフルコーラスは陶酔の域にあった。その演出力に打ちのめされるからこそ、あれは名作と呼べた。
では本作はどうか?
確かにエルトン・ジョンのナンバーはいくつも出ていた。だがすべての曲はフルコーラスではなく細切れで、喜んで口ずさもうとすると曲が途中で切れてしまう。これだけでストレスが溜まる。
折角エルトン・ジョン本人が製作をしてるんだから、自分をもっと誇れ。一曲だけでも「これ!」という曲をフルで情緒たっぷりに歌い上げろ。そこだけエガートンではなく本人が出ても良いから。その演出があれば心地よく映像に酔えたはずだ。
という事で、決して悪い作品ではないのだが、もやっとした不満が残る作品になってしまった。
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