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[コメント] 禍福(前篇・後篇)(1937/日)

本作も歩く人と道の映画。そんなことは成瀬なんだから当たり前だろうと云われそうだが。例えば着物姿の入江たか子と洋装の(コート姿の)逢初夢子が2人並んで歩く道や階段。
ゑぎ

<前篇>

 あるいは入江の恋人・高田稔が帰省した際に、ショパンのノクターンを劇伴にして一人歩く道。こゝに乗馬した竹久千恵子が登場するロングショットも凄い感覚だろう。この後、高田と竹久が水道山(桐生市)でデートする場面の大きな木のロングやその下にあるベンチと木陰の道の使い方も実に良いものだ。後日、銀座らしき道を歩く入江と逢初を、竹久と一緒にいる高田が見留める展開も意外性がある(どちらかと云えば、入江が見る方かと予想していたから)。他にも、上に書いた高田が一人歩く姿と対照的な、入江が高田の下宿を後にして一人歩く道のシーンもいい。こゝで、乳母車を押す婦人とすれ違わせ、入江のミタメで乳母車と婦人の後ろ姿を挿入する演出も実に肌理細かい。

 成瀬らしいキャッチーなカッティングの例をあげておくと、冒頭近く、何かを取り合う女性の手が映り、観客を驚かしておいて、2人の女性−入江と逢初を登場させる、さらに取り合っていた物は写真アルバムでその中には高田の写真があるということを示す演出。あるいは、下宿で高田を待つ入江が、窓から空を見るショットに続けて、座っている入江を繋ぐ時間経過の表現。同じディゾルブでも、高田が竹久と初めて会って、別れる際に、高田のバストショットから竹久のアップに繋ぐディゾルブは、これは高田のフラッシュバックを表現しているのだろう。そして本作の最も良いシーンは、逢初と婚約者の大川平八郎と友人たちがダンスホールに来た場面だと私は思う。こゝで竹久と踊る高田に鉢合わせする。逢初が高田を静かになじるのだが(あくまでも冷静に「悪魔」「色魔」「一生軽蔑する」と云う)、2人の会話にダンスする男女のショットを挿入するのが凄い。劇伴がまたカッコいいのだ。

 例えば、高田の父親−丸山定夫の酷い(現実レベルの感覚で云うとあり得ない)キャラ造型や、終盤の入江の身の振りよう(高田に真実を告げないことも含めて)なんかを、私は批難しようとは思わない。ただし、終盤になって、高田と入江の対決シーンの前に、車で向かう高田や、入江の帰りを家で待つ父母−御橋公伊藤智子、さらに入江を心配する逢初と大川なんかを繋ぐ構成は、肌理細かいということもできるし焦らせ戦法かも知れないが、少々まどろっこしいと感じる。尚、入江、竹久ともに最も美しい時期だと思うが、それにしても竹久の魅力的な造型が本作(前篇)を支えていると云うべきだろう。

#備忘でその他の配役などを記述します。

・高田の母は英百合子。妹に堀越節子。弟二人に生方明伊東薫。竹久の父母は汐見洋三條利喜江

・高田や大川の友人で嵯峨善兵

・入江と逢初の友人たちには神田千鶴子梅園龍子山縣直代がいる。

・入江と逢初が行く婦人服店のマダムは清川玉枝。洋装がかっこいい。

<後篇>

 後篇は前篇に比べると、やゝ面白みの欠ける出来に思う。いくつかの要因があるが、やはりその一つには、歩く人のシーン、ショットが少ないということがあげられる。勿論ゼロではない。銀座辺りを一人歩く入江たか子。夜の町を入江と逢初夢子が2人で歩くショット。相変わらず乗馬が趣味の竹久千恵子と、夫となった高田稔が2人で騎乗する道のシーンもある(高田の弟役の伊東薫が自転車で追いかける)。しかし、前篇と比べても(前篇も多かったが)、屋内での会話シーンが多いと感じる。中盤の遊園地(多摩園)のシーンでも、歩きながら会話する演出はなく、人物の動きも少ない。成瀬の特徴である歩く人物の切り返しが思い出せないのだ。

 また、屋内シーンのカット割りも、ほゞ常識的な切り返しに終始し、見応えが僅少だ。そんな中で、清川玉枝がマダムの洋装店のシーンで、画面手前左に竹久、右に清川と店員役の若き北林谷栄、奥に入江を配置して、ディープフォーカスで撮ったショットは目に留まった。前篇ではこんなキャッチするディープフォーカスは無かったと思う。あるいは、フランス出張から帰宅した高田と邸にいる入江が視線を交錯させる切り返しで、入江へ早いドリー寄りをする演出も前篇では見られなかったものだ(ゆっくりのドリーは何度もあったが)。これ(素早いドリー寄り)に関しては、私は初期の成瀬の悪い癖だと思っている。なぜか前後篇で撮影者が交代しているのだが、それもカメラワークの差異の要因かも知れない。

 尚、後篇でも竹久の博愛主義がプロットの精神的支柱となり収束する、ということで彼女が一番の良い役だ。あと、逢初も出番が多く、入江に復讐をけしかけているのか諫めているのかよく分からないキャラクターで(基本はこゝでも冷静かつ良心的だが)面白いと思う。竹久が逢初との過去の接点−ダンスホールのシーンをフラッシュバックする場面は、本作の最もハッとさせられる部分かも知れない。前篇にあって後篇になく、少しがっかりした点ということだと、聡明な竹久の、息を呑むような美しいアップショット挿入もあげておきたい。

#備忘でその他の配役などを記述します。

・後篇から登場で、冒頭クレジットにもあるのは北林の他に今川焼屋の清川虹子

・高田と竹久の家の女中の一人(遊園地にも一緒に行く女中)は林喜美子か?

(評価:★3)

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