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[コメント] ジョン・F・ドノヴァンの死と生(2018/カナダ=英)

コロナ自粛明け、最初に見た映画。哲学的なタイトルがついてますが、「生(Life)」は語り足りなかった印象です。
プロキオン14

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







常に己のセクシャリティへの偏見と闘い続けるグザヴィエ・ドラン。『ある少年の告白』みたいな映画に出演しても、それは変わらない。それは演者としてだけでなく、監督・脚本も自分で築き上げてきた。まだ20歳そこそこで。映画を見たものは、その若さと美貌と情熱と、そして危なっかしい生き様に衝撃を受けた。

そして新作。コロナによる休映で見逃しかと思ったが、再開した映画館で見ることができました。よかった。

「あれ?」が第一印象。ハリウッド女優さんを惜しみなくキャスティングし、そうとう力の入った作品だったと思う。戸惑ったのは、誰に気持ちを置けばいいのか判らなかった。ドノヴァンに気持ちを置くべきなんだろうが、寄り添えなかった。結果、青年ルパートと、インタビューするタンディ・ニュートンの二人の目線で見ていた。

で、このドノヴァンはどうなのよ?愛されたかった、愛したかった。それと「死(Death)」が結びついてこなかった。

手紙の件、そしてセクシャリティの件、仕事の件、追い詰められたドノヴァンが選ぶ手段がピンとこなかった。そのポイントは、やはり「手紙」だったと思う。

最初はただのファンレターだったと思う。それになぜ返信をしたのだろうか?どんな内容だったのだろうか?そのきっかけが何だったかはすごく気になる。

そしてそれが公になった時に、「なぜ事件になったのか?」が全く分からない。11歳の少年との手紙のやりとり。それだけ聞いたら、「心温まるエピソード」になっても不思議じゃないのに、それを読んだ警官たちが「ニヤニヤ」していた。手紙に猥褻な文言でも書いてあったのだろうか?それが「小児性愛」みたいな印象を与えたのであろうか?そこがよく判らんかった。

劇中から感じ取った限りでは、ドノヴァンは「単なるファンの少年」へ返信をしたことをきっかけに、年下の「小さな友達」と交流をしていた。ただそれだけに感じたんだが、それを「否定」する理由は、やはりセクシャリティに関連付けられたからなんだろうか?

一方、ルパートには「憧れのヒーロー」だった。そんな彼から手紙が来たら、有頂天になっても仕方ないか。それを自分だけの秘密にはできなかった。少年は「ゲイ」というキャラになっていたが、「憧れのヒーロー」例えばスーパーマンや、人気スポーツ選手に憧れるのと、そう大差ない、「子供らしいあこがれ」だったと思うのだが。

だからその手紙がきっかけで訪れる「死」に少しも共感できなかった。ドランの書く登場人物は、そんなにヤワじゃないと思っていた。

そして「最後の手紙」の内容は何だったのか?母が息子に伏せるのは、そこに「死の予兆」があったのか?私には少年にとってスターの手紙が「生きがい」だったように、最後の瞬間はドノヴァンにとって「生への情熱」となってほしいのに。

本来なら、演技についての感想を書くべきなんだろうが、「死と生」は私の心には響かなかった。残念です。

(評価:★3)

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