[コメント] 追想(2018/英)
イアン・マキューアンの原作(邦題「初夜」)は既読。と云っても10年ぐらい前に読んでおり、細部は殆ど忘却の彼方だったが、それでも初夜の顛末の面白さとエピローグの切なさは上手く映画として演出されていると思った。
ビーチの風景にサキソフォンのBGMが流れる開巻は、かなりイメージが異なり驚いたし、全体に音楽の使い方はポップ過ぎる感覚も持ったけれど、シアーシャ・ローナンは、これ以上ないと思われるぐらい、フローレンスのイメージにぴったりだ。それに、チェジル・ビーチの小石だらけの地勢の特徴が映画の画面として機能する。2人の意地の張り合いと硬化する関係の昂進を、この小石だらけのロケーションが、画面として後押ししているように思う。また、付き合い始めて間もなく、フローレンスが突然エドワード(ビリー・ハウル)を訪ねる部分が、私にとって、原作で最も清澄な印象を残した場面だったのだが、映画でも、こゝが最も撮影の綺麗なシーケンスだ。
さて、特筆すべき2つの長回しの移動撮影を記載しておこう。一つめは、前半のウィッグモア劇場での、フローレンスがアルバイトで譜面めくりをする、ピアノ演奏のカット。ピアノの周りを一周したように思うが、とても眩惑的な美しい移動ショットだ。そしてもう一つはエピローグ後のラストカット。チェジル・ビーチの場面のフラッシュバックだが、エピローグの感傷的な余韻を拭い去るような、だが、同時に倍加させもする、厳しく突き放した演出で秀逸。
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