[コメント] 坊ちゃん(1935/日)
宇留木の科白の中に「親譲りの無鉄砲で子供の頃から損ばかりしている」という原作のクダリを上手く挿み込んでいる。
本作がこの有名原作の初映画化作品とのことだ(実はこれを記す今現在、私は他の映画化作品を全て未見です)。冒頭が回想形式に工夫されているのと、端折られたエピソードはあるとしても、概ねほゞ原作通りのプロット構成だと思われる(原作を読んだのも遠い遠い昔のことで、ほとんど忘却の彼方だが)。有名なキャラクターたち−教頭の赤シャツ−森野鍛治哉、その腰巾着みたいな野だいこ−東屋三郎、お人好しで大人しい古賀(うらなり)の藤原釜足、そして坊っちゃんの盟友となる山嵐−丸山定夫、これらの配役は皆適役だと思う。中でも、私は野だいこの東屋の造型を買う。特に、うらなりの送別会シーンがケッサクだ。芸者の小鈴−竹久千恵子に三味を頼んで、踊り始めるのだが、カットを繋ぐと、ひどく激しいダンスに変わっているというこの演出がケッサクなのだ。
これらに比べてちょっと残念なのが、2人の女優の描き方で、まずはマドンナの夏目初子の出番がかなり少ない、ということと、小鈴−竹久に寄りのショットが無いという点だ。夏目にはバストショットがあるけれど、竹久はフルショットしかない。女優で一番目立っているのは、坊っちゃんの2番目の下宿先になる萩野のお婆さん−伊藤智子かも知れない。後半は、坊っちゃんがこの老婦人から情報を仕入れることがポイントになっている。ついでに書くと、校長の徳川夢声もあまり目立たない。
画面造型に関しては、極めて安定したオーソドックスなものであり、云い換えれば際立った個性もないと云えるけれど、2人の人物が会話しながら道や林の中を歩く場面におけるスムーズな移動撮影はいい。あるいは、坊っちゃんが夜の道で赤シャツを追いかける場面での、空をいっぱい画面に入れた超ロングショットは特記すべきと思う。
あと、坊っちゃん役の宇留木浩は、本作で人気スターになったというのに、翌年(1936年)に病気で急逝している。本作以降1年ぐらいの間に、成瀬巳喜男や木村荘十二の複数作品に参加していることを考えると、長生きしていれば、もっと数多くの日本映画の名作に出演したに違いない。
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