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[コメント] ノマドランド(2020/米)

原作を読む前と読んだ後ではだいぶ印象が変わる。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 「ノマド」という言葉はいろんな意味がある(wikipedia)が、この言葉を聞くと、「自由」とか「漂白」と言った響があって、どこか憧れを感じさせるものだ(私はSF小説「虎よ、虎よ」のN♂MADを思い出す世代でもある)。だからこのタイトルにはとても惹かれているし、テーマも面白い。観る前からほぼ絶対私には合う作品と言う確信があった。これを観ない手はなかろう。

 本作はドラマだが、元ネタはジャーナリストのジェシカ・ブルーダーによる「ノマド:漂流する高齢労働者たち」からの引用となる。書籍の方はルポルタージュで、その立場の人たちの実際のインタビューによって構成されているが、それらを合わせた形でドラマとして仕上げた。

 ただ本作の場合、ドラマと言えば確かにドラマなのだが、むしろ実際にノマドとして生活している人を追っているドキュメンタリーに近い作品で、一風変わった作風が特徴。特に面白いのが最後のスタッフロールで、流れてくるキャスト一覧には役名と本名が全く同じ人たちの名前が延々と流れてくる。これでだいたい察したが、その後映画のことを調べてみたら案の定で、この映画の登場人物の大部分は本当のノマドの人らしいことが分かった。役者顔負けの演技力を持った人ばかりで、到底素人に見えない人たちだった。実際の生活者だけに説得力もあるし、演技力もある事から、本当の主役は原作通り彼らの方にあるとも言える。

 作品としては、起伏があまり多くなく、流れるような物語展開となっている。起伏があるのは、いくつかの車のトラブルがあったことと、同じノマドで、何かとファーンを気に掛けてくれるデイブとの交流、捨てた実家の妹との出会いなど。細かいドラマはあるが、どれも普通起こりそうなものばかりである。だが、その何気ない物語こそ本作にぴったり合ったものでもある。ファーンはノマドの一人の物語なのだから、大きなドラマは必要無い。誰にでも起こりえることだからこの作品にははまる。

 物語自体がそう言う意味ではとても心地良い。あまりナレーションが流れないドキュメンタリーを観てる感じだ。

 それにやっぱりマクドーマンドが上手い。漂白の生活に疲れていながら、芯がしっかりしている女性を見事に演じきっていた。

 本作は設定が抜群に良いのだが、いわゆるノマドになってるのは一様に高齢者である事がなんか不思議。ここに登場する大部分の人は60代から70代の人ばかり。若い人も多少は出ているが、劇中で「私らの年齢になると」という発言もあったことで、この年代の人特有のことなのだろう。枯れた人たちだからこそのドラマ展開はなんとも言えぬ安心感がある。何というか、生きる事と死ぬことの境がとても曖昧な感じで、いつ倒れて消えてしまっても当たり前のことだから、生きる執着が抜けてるからこその不思議な仲間意識があるし、行けるところまで行って、そこで野垂れ死んでもそれで構わないと言った特徴的な雰囲気がある。この雰囲気がとても心地良い。

 ところで本作を観ていて、何故高齢者がノマドになるのかということが気になった。

 これには私なりには三点考えた。

 一点目は前述したが、劇中で「私らの年齢になると」という台詞があったことから、ある一定の年齢になって、生きる事の執着が薄れてくると漂白をしたくなるということは事実としてあると思う。これに関して言えば、インドのベナレス巡礼がまさにそれで、『深い河』(1995)の世界観に近い。宗教色が抜けているため、アメリカの広大な大地に還っていくという、まるでネイティブの宗教観。彼ら彼女らがある意味アメリカのナラティブな存在となっていくのかもしれない。その意味では本作は新しいアメリカの価値観を浮き彫りにしたことになる。

 二点目として、時代背景というのもある。映画が作られた2020年という時代は、2008年のリーマンショック以降の貧しくなってしまったアメリカという国が浮き彫りになった時代でもある。実際ファーンが無職になったのは、リーマン・ショックによる不況によるものだったし、ノマドとなった人々の大部分も同じくその影響で貧しくなってしまった者たちだろう。だから本作はちゃんと現代という時代を的確に捉えている。本来悠々自適な生活を送れるはずの世代の人々がこのような漂泊の生活を余儀なくされるのは見ていて哀しい。

 三点目として、彼らの世代の話になる。彼らの年齢は60代から70代。50年前に青春時代を送った世代である。それは70年代。ヒッピー文化華やかなり日々である。この世代はアメリカしにおいても突発的な特殊な世代となる。ヴェトナム戦争忌避から、彼らは物質世界に反発を持つようになった。彼らの一部は荒野に出て共同生活を送っていたこともあり、荒野に出ることに対する拒否感がない。この辺は『イージー・ライダー』(1969)に詳しいが、あの映画に登場した若者達がこの世界の老人達の姿である。かつて若き日に荒野に憧れていた人たちが、ある意味理想とする生活を手に入れたとも言える。

 そんな事もあって、彼らはこの生き方をそれなりに楽しんでいるのだろう。だからこそ設定は切ないものでありながら、作品自体はとてもゆったりとしたものになる。

(評価:★5)

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