[コメント] 愛と死の谷間(1954/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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女医の津島恵子は黒い帽子の男芥川比呂志にいつも監視されている。それは結局、病院経営者宇野の浮気相手を突き止めようと愛人高杉早苗が興信所に依頼したものだと判明する。津島は宇野に一方的に云い寄られているだけで濡れ衣だった。津島と芥川は恋仲になる。宇野はとぼけたバカ経営者の役処で、別に結婚の約束していた薬剤師の乙羽信子と最後には逃亡する。
実存と不安の犠牲者は結局高杉だから、作劇的に不条理は他所にそれてしまって主人公にヒットしていないのだが、それはそれで不条理だけが残ったという受け取り方もあるだろう。最後に狂って収監される(五所はやはりこれが多い)高杉のほうが一般的に主役に相応しかったと思われる。
しかし序中盤はとても面白い。いつも窓開けるといる黒帽子の男という宙づり感に不気味さがある。津島は探偵社にまででかけて職員の山形勲に逆質問までする。線路際の診療所。つねに汽車のガタゴト音と踏切の警笛が響いており、夜中の静けさは死んだようだ。一度、津島は尾行の心当たりとして「戦争が悪いと思っているのが駄目なのかしら」「また戦争が始まる気がする」と脈絡なく云いだし、すると見えない飛行機の通貨音がする。街路にはジープが連なっている。自殺志願者木村功は死ぬクスリもらいに津島を訪ね、拒否されて飛び込み自殺。「あたしが殺したのよ」と津島の自虐は留まる処を知らない。
診療所の近隣に黒川町と呼ばれる貧困地帯があり、診療所では払いが滞るので嫌がる。に木村はそこに住んでおり、同居する妹の安西郷子の物干しを見張り中の芥川が手伝う件があるのだが、物干し竿を大量に煉瓦塀に立てかけており異様な感じがする。
その町へ津島は往診にでかける。するとその子が周囲に呼びかけ、診療所は町の人たちで行列が出来てしまう。当時は病院もツケが効いたのか。津島は全員診療するが、翌日も行列が出来て、たまらず逃げてしまい、すると先導していた子が列車事故に合い担ぎ込まれる。手術の譫言で子供に詰られ、津島は責任を感じる。医師や福祉の職員は仕事と割り切るべし、親身になると際限ががくなるとよく云われるが、津島はその無限スパイラルに呑み込まれている。これこそが実存と不安の最たるものだろう。子供を助けたことで、芥川は津島と対面する。芥川はもちろん知っているが津島は彼が黒帽子とは知らない。親しくなって、わたし黒帽子を見つけるわと云われている。
芥川は探偵社でバイトしていて、下宿では飯田蝶子と電球包装のバイトしている。中盤に人間万歳と叫ぶと犬に吠えられるといういいギャグがあった。椎名流のキリスト者もまた道化であるのだろう。津島に黒帽子は自分だと打ち明け、どうして打ち明けたのと問われて愛しているからですと答える。不安が解消されるまでしばらく休むと語る津島に、「生きていくんですよ、人間って素晴らしい」。その率直さはキリスト教文学らしい。鉄橋で黒煙がふたりを分断するラスト。この何度か登場する、汽車が通るたびに黒煙だらけになる鉄橋がとても印象的。周りが見えなくなる瞬間という主題を肉感的に表象している。
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