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[コメント] 花嫁の寝言(1933/日)

マダムと女房』(1931)から2年後とは云え、五所のトーキー初期の作品(同年の次作『伊豆の踊子』はサイレントで撮られている)。しかし、意識過剰な音の活用なんかは無く、音遣いはもうこなれていると感じる。
ゑぎ

 本作も非常に面白い画面が横溢するコメディだ。ファーストカットは、ランプのある壁に影。応援団長みたいな恰好(の影)と思う。三三七拍子の掛け声。影の主は大山健二で、場所はバー。大山の他に、小林十九二斎藤達雄江川宇礼雄谷麗光の4人がおり、小林以外は学生服姿(大山は応援団長みたいな恰好)で、小林だけが背広を着て会社員風だ。彼らの会話で、小林は卒業して就職したが、他の4人は落第し、さらに小林は結婚まで済ましていると分かる。皆かなり酔っぱらっており、さんざん揶揄される小林。そして、斎藤が「花嫁の寝言がいいって云うじゃないか」と云いだし、皆が「聞きに行こう!」となるというお話だ。

 かくして、メインのプロットは、小林の家に押しかけた学生たちと、小林と妻−田中絹代の応対を描いた場面となり、時間軸としては、夜から翌朝までの約半日のミニマルな物語だ。果たして学生たちは「花嫁の寝言」を聞けるのか?聞けるとしたら誰が聞き、どういう状況で聞くか?このあたりを実に捻って見せてくれる。では、梗概からはなれて、良い演出例を書き出しておこう。まずは何と云っても田中絹代のレスポンスだろう。単純に可愛いとは云えない迷惑顔が多いのだが、それでもやっぱり、彼女のクルクル変わる表情には見とれてしまう。また、一番ケッサクだったのは、学生たちが隠し芸をやろうという話になり、大山が義太夫、江川が小唄を披露した後、小林に「いつものをやれ、やったら帰ってやる」ということになって、小林が猿回しの猿になる場面だろう。これがまた堂に入っている。障子の隙間からそれを見た田中の驚くショット。「あなた!あなた!」と云って小林を奥の間に連れて行った田中は「あきれたわ。ハイド!」と云う。この場面でも尻尾をつけたまゝの小林。この尻尾は、終盤でもワンカットだけのフラッシュバックがある。そのタイミングも実にいい。

 また、時間経過の表現として、一両車両の列車のロングショットが2回入るなんてところもいい。1回目は左から右へ。2回目はその逆。多分終電がなくなったんだろう、なんてことも意識させる。あるいは、唐突に歩く足が繋がれて、その歩く人物の予想を覆して見せる(というか意外な展開にして見せる)、という演出も2回ある。このあたりも上手い。そしてエンディングだ。本作も『マダムと女房』のラストシーン、あるいは『煙突の見える場所』のそれも想起させるエンディングなのだ。これら2作のような「耳打ち」の演出ではないとしても、この後、彼らのやることは一つしかないということを、科白ではなく画面で見せる。いやはやこれって素晴らしい。

#備忘でその他の配役などを記述します。

・バーの女給は水久保澄子。ロングショットでも可愛い!マダムは龍田静江

・小林の家の隣人で飯田蝶子河村黎吉。飯田も学生たちに加わって大暴れする。

・斎藤の彼女みたいな逢初夢子。泥棒役の坂本武

(評価:★3)

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