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[コメント] 初国知所之天皇(1973/日)

夕暮れの町並みを収め続ける8ミリならではの寂しげな映像に抗し難い魅力があるのだが、元祖蓮實重彦みたいなグネグネ文体で語り続けられる他者不在の独白は、80年代の自閉的な事件群の先駆のように思われる。作者は宮崎勉に似ているし。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
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2面マルチのぼやけた8ミリ映像による風景画に、序盤は失敗したと云われる16ミリの寸劇が挟まれる。馬に乗った男が駅前で女と出会う断片。その他は稚内の冬の海から鹿児島の墓地までのロケーション。ときどき自身による、三上寛みたいな演歌調フォークが挟まれるのだが、これが侘しくて、8ミリの風景に溶け合っていて、実に味がある(プログレ風なエレピなどを伴奏にしており三上ほどしつこくはない)。夕暮れの町並みを収め続けた8ミリならではの寂しさに、抗し難い魅力がある。独白などいらないから唄ばかり歌っていてほしかったとも思う。しかし、吃音ぎみに語られる延々たる独白を語らないと感想にならない。

冒頭「映画を撮ることそのものが神話」「映画の小宇宙と神話の大宇宙が照応する」と語り起こされ、「映画の御霊に近づく」「それは思い上がり」と自己対話が続き、「何が映画の絶対根だ」と自嘲も挟まれて独白はグネグネと続く。初国天皇は神武と崇神のふたりいると2面マルチが意味づけられ、「日本を撮ることは日本の映画を撮ることではない」と意味づけを回避するときもある。「共同幻想」と口走る処を見るとこの天皇史探求は吉本隆明の影響もあるのだろう。

「かつて撮ろうとした「初国」の地を廻る、あらかじめ未完の映画」とも云われる。「初国は完成しなかったからはじめている未完の作品」と、あらかじめ完成させる気のない作品のロケという位置づけがなされ、「ロケハンなどどうでもいい、撮り続ける映画日記が全てだった」と煮詰まり、「俺の存在は虚構なのだ」と呟くに至る。

伊勢神宮では「特に重要ではないから遊んでしまおう」と語られるが別に遊びの映像はない。入口はあるが出口はないと語られる八雲大社は、観光映画差はない、来る必要があったかと自嘲され、天孫降臨の地、大分の高千穂神社で元旦を迎えるが、神楽は観光客だらけで面白くないと貶される。具体的な神仏は否定するのかと思いきや、鹿児島にもうひとつあるらしい高千穂では気分が良くなったらしく、霧島の山頂が青空に靡く日の丸バックに爽やかに描かれる。

本作は全くの独白から始めて、徐々に他者が登場するという構成を取る。最初は真っ赤なリュックから30キロの荷を背負って中国戦線を歩いた父を連想する。父は少佐として一個中隊を率いたとある。「父とともに行進する。俺こそが初国天皇なのだ」。それからヒッチハイクのコツが語られるが、同乗する運転手にはほとんど気を回さない。京都の知人ジュンジ君にキャノンのカメラの使用法を教える件があるが重要なのはカメラでジュンジ君は誰でもいいようなものだ。鹿児島では唐突に、自殺したファンの女の子ショーコちゃんの墓参りがなされ、遺書で麻薬が好きだったと知って原は悦び、墓前にLSDを供えている。自殺の想像と純粋な生の無垢が語られ、「俺はいい映画をつくりたいと願った」で映画は〆られる。

最後まで本作に他者は登場しない。ただ独白に位置付けられた他人がいるだけだ。本作の個人映画の始祖という誉れは、一般にドキュ映画に登場する他者の世界というものを切断した所に成り立っているように思われる。「M(将人)よ」と自分に呼びかける様はその風貌と併せ宮崎勉が想起され、「私にとって私は透明」と神戸連続児童殺傷事件を先取りしたフレーズまで出てくる。ここから始まる自閉的な事件と本作は親和性があるように思われた。

94年版で鑑賞。その昔、関西の民法が深夜枠で映画発掘に熱心だった頃に観たことがあり、個人的にそれは夢のような記憶だった。映画comに「73年上映時は6〜7時間の上映時間であり、その後75年には16ミリ作品として4時間5分バージョンが、また80年には2面マルチによる2時間の再編集版が作られた。今回のニューバージョンは75年版を2面マルチとして1時間48分に再編集したもので、93年の山形国際ドキュメンタリー映画祭に特別上映された。」とある。テレビで観たときも2面マルチだったから、すでに80年版だったことになる。70年代には単面で、喋くりも何倍もあったのだろうか。恐ろしいことである。

(評価:★4)

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