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[コメント] スペンサー ダイアナの決意(2021/英=独=米=チリ)

1991年のクリスマスイブからの三日間を描いた映画。当時の女王の私邸を主な舞台とする。冒頭は広い草原。画面奥、遠くの道に数台の車輌が走る。軍用車輌だ。道路には轢かれたキジ。
ゑぎ

 ローアングルで車輌の通過を見せるが、キジが再度轢かれないかヒヤヒヤさせられる。このキジはダイアナ−クリステン・スチュワートの隠喩だ。また、昼間シーンは全編に亘り曇天で、少し靄がかかったようなヌケの悪い画面。これもこの映画の感情の基調を表しているだろう。

 女王の私邸(サンドリンガム・ハウス)は、ダイアナのかつての実家(スペンサー家)の廃屋の側にある。彼女が、案山子に着せられている父親の上着を取る(はがす)ために、畑の中をヒールのある靴で歩く横移動ショットが、最初の瞠目すべき画面だろう。以降、良いシーン、良いショットが沢山ある見応えのある映画だ。

 例えば、古めかしい分銅式体重計とティモシー・スポール−グレゴリー少佐。スポールがダイアナの見張り役として要所で登場し、緊張感のある画面を作る。あるいは、邸内でダイアナと衣装係のマギー−サリー・ホーキンスが再会するシーン。2人のアップの横顔を繋ぐ部分は特別感のあるもので、既に恋愛感情に近い情動を感じさせる演出だ。また、夜中に(クリスマスに日が変わってから)子供(王子)たちと、兵隊ごっこのような会話をするシーン(子供たちがソルジャー・ダイアナ!と呼ぶシーン)のローキーの光の演出。ディナーの際の、アン・ブーリンの幽霊の出現と、ダイアナが真珠のネックレスを引きちぎる(そして食べる)妄想。そして、それに呼応するような、スペンサー家の真っ暗な廃屋内での場面は、出色の出来だろう。壊れそうな階段。ブーリンの幽霊と、幼き自分のドッペルゲンガー。階段を転がる真珠の玉。この監督の演出力が分かる良いシーンだと思う。

 また、ミュートトランペットによるジャズの劇伴は、最初は違和感もあったが、だんだんと、ダイアナの精神状態を表して秀逸に感じられてくるし、本作のちょっと他に見当たらない突出した造型に貢献しているだろう。プロット構成的にも、終盤の展開は、私にはとても満足感のあるものだった。冒頭に「事実に基づいた寓話」だとテロップが出るように、幽霊譚をはじめとして多くのプロットが作り話だと思われるが、ラスト近くのキジ撃ちの狩猟シーンは、胸のすく映画的な展開じゃないか。この後のポルシェでロンドンまで帰る車中のシーンも開放感がある。しかし、テムズ川の岸のベンチでファストフードを食べ、川辺でたたずむダイアナの横顔は、憂い顔に戻っており、胸が締め付けられるのだ。この複雑な感情の醸成もとても良いと思う。

#教会の前にカミラがいる。邸に帰ったダイアナは「ジェーン・シーモアがいた」と云う。私は、ボンドガールや『ある日どこかで』の女優のことかと思ったが、見終わって調べると、ジェーン・シーモアという名前はヘンリー8世の第三王妃のことらしい。王に殺されたアン・ブーリンはヘンリー8世の第二王妃。

(評価:★4)

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