[コメント] 逃げきれた夢(2022/日)
開巻の白い画面に不思議な光が入るフェードインの処理を見た瞬間から、とても丁寧な作りであることが分かるし、以降のクォリティも予想できる。最初のシーンは切り返し無しの移動撮影。廊下の奥のドアから光石研が手前に歩いて来て、受付のある部屋に入り、スリッパに履き替え、中に入ってくるのをずっと後退移動で撮ったシーケンスショットだ。こゝは老人ホーム。光石は、無反応な父親に話しかける。親族の話の中で、1日に何度も歯磨きをする元ホストの男の話が出て、男のくせに、などと云うのはポイントかと思う。
冒頭シーケンスショットも良いけれど、最初にガツンと来るのは、朝、光石がリビングのロッキングチェアに来て、ソファにいる娘の工藤遥と会話する場面の切り返しだ。私が映画に期待しているのは、この切り返しなのだと実感する。会話に関しては、彼氏いるなら紹介しろ、みたいなものだが、工藤のレスポンスがいちいち面白い。態度は悪いが、ちゃんと会話になっているところがいい。
続く定食屋では、店員として吉本実憂の登場。この人物が後半、重要人物になるとは思っていず、これは驚きのある構成だ。吉本から光石は先生と呼ばれる。学校のシーンになって、教頭と呼ばれ、さらに、定時制高校の教頭先生だということが分かって来る、というのも良い構成。序盤は特に時間の感覚、例えば定食屋のシーンが朝なのか昼なのか、などがよく分からなかったが、そういう感覚の操作も含めて上手い作劇なのだ。定時制の先生や生徒たちを見せる部分も、本当にかっちりした画面造型だ。教室のベランダに寝ているカップルや階段教室の女子。実はこの子らが後半フォーカスされる作劇かと予想していた。担任の先生への不信。性差への言及。
そして、幼馴染で、今はバイク屋のオヤジ、松重豊との交流も盤石の面白さ。本作の松重は助演賞モノの存在感じゃないか。夜の商店街で、酔っぱらった光石と松重が口喧嘩になるシーンの切り返し。そこから、帰宅した(まだ酔っている)光石と、妻の坂井真紀及び娘の工藤との3人の会話の切り返しも、実にキャッチさせるものだ。私はこのシーンが本作のハイライトで、こゝで終わっても良いぐらいに楽しかった。しかし、最後のシーケンスは、吉本との場面なのだ。
終盤の吉本との場面の詳述は避けるが、王道の切り返しが横溢し、画面は揺るぎない安定感のあるものだということは強調しておこう。ちょっとゾッとするような怖い会話がある、ということは書いておこうか。ま、いずれにせよ、全般に本作の会話の内容は、あまりシリアスな意味を持たない、というか突き詰められない感触で統一されているようだ。確かに、男らしさについて二度ほど言及される部分や、あるいは、光石の病気についても、もう少し核心に触れる場面があっても良かったと思うけれど、私にとっては、あくまでも科白は二の次なのだ。端正な画面造型とそのカッティングのキレの良さを味わって極上の出来栄えである、ということを称揚したい。
#アスペクト比はスタンダードサイズ。本編中、劇伴なし。
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