[コメント] プールサイドマン(2016/日)
反復される水原(今村樂)の「停滞」が白崎(渡辺紘文)の饒舌で無粋な(この男も孤独を抱えているのだ)介入で「氷解」し、男の内心が徐々に露わになる過程が不気味でスリリング。役者としての渡辺紘文の存在感と不穏な渡辺雄司の楽曲の相乗効果のたまもの。
そして私の心は、その氷解のなかから立ち現れた"意識"が世界に向けて「解放」されるさまを見てみたいという映画的欲求と、いやそんなシーンなど見たくはないという倫理心のはざまで揺れていた。図らずのこの葛藤が、私のなかにも水原と同じ"邪悪"が存在していることの証しなのだ。
プールとは「たまり場」のことだ。プールサイドを職場とし、日々その「たまり場」を監視する水原とは吹き溜まった「世界の悪意」を日々見続けることで、その狂気に感化される心の弱者の暗喩なのだと思った。秋葉原無差別殺傷事件(2008年)から8年後の作品。あの時も、今(2023年)だって、世界中に暴力が溢れているのだ。
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