[コメント] 大いなる路(1934/中国)
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市街の道普請、大勢の若者たちのローラー曳きの様子がまず珍しい。ローラー車もすでに活躍しているが、人力と並行して作業されている。本邦でもこうして道を造ったものなのだろうか。馘首され思い立ったが吉日とハイウェイ作業に転職。どうするんだろうと思いきや、全国どこにでも道普請中の現場はあると地図で示される。虎嶺関への道路とあり、岩を砕いてローラーで均すと道路建設。
サイレントのサウンド版で、剽軽な装飾音など入れまくられており、科白も入れようと思えば入れられるのに、あえて入れていないように見えてくる。 物語も音楽も努めて気楽な調子だが、ときに悲惨がさらりと挿入されるため陽気さに陰翳が加わる。料理屋で小皿など叩いて黎莉莉が陽気に唄う歌(New Song of Fengyang)の歌詞は深刻で、貧富の差、洪水被害、焼かれ戦車に壊される村を写したフィルムが挿入される。それでも歌は陽気。
若い衆に飛行機に乗ったことはあるかと肩車で廻された中年の監督の頭の周囲に、アニメの飛行機が飛んでいる合成ショットが素晴らしい。若々しいエロチック描写が映画をさらに陽気にする。陳燕燕と黎莉莉の娘ふたりが戯れ、抱きかかえられた方はやたらと相手の胸を鷲掴みにする。川で裸で泳いでいた男性連中(そういう風習なのだろうか)をふたりは訪問して上がれなくさせたりする。娘ふたりの活躍がいい。
夜に歌唄って戯れていたら馬に乗った軍隊が来て「敵の上陸だ」「すでに占領しているのに何で上陸するんだ」「敵国は強欲だ」「道なんかつくっていないで逃げようぜ」「道は武器運ぶのに必要なんだ」張り切る工事現場の一方、工事中止しないと爆弾落とすぞと賄賂持ってくる背中向けのコートの男。表向き停戦を約束した国民党との確執、内紛の背景なんだろう。
この留置と救出の後半はオーソドックスで、姉ちゃんの活躍が嬉しくまだコミカルだが「作業していたら銃撃されるぞ」という前振りがある。「作業しなければもっと多くの人が亡くなる」と金焔は応え、彼等は捉えられてリンチされ、娘ふたりの活躍で脱出。しかし予告は正確だった。
暗転するラストの飛行機銃撃は架空の想定ではなく、33年の関東軍の熱河省侵略、山海関での衝突であると佐藤忠男「キネマと号砲」にある。プロペラ機一機が作業者を皆殺しにする(返り討ちにあい墜落する)も、当時らしい半透明の幽霊になってみんな起き上がり作業を再開する。このラストにも怨念とかのニュアンスはなくあくまで陽気。陽気に全てを乗り越えようという作劇が徹底されていた。
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