[コメント] アナログ(2023/日)
シネスコのアスペクト比が選択されている理由は、中盤の海辺のシーンでよく納得できる。ドラマ部分では、広尾の「Piano」というカフェが主人公と云っても過言ではないぐらい重要な道具立てだろう。マスターのリリー・フランキーが、必要最小限の科白しか喋らないキャラ造型なのがいい。あるいは、二宮の友人2人−桐谷健太と浜野謙太のキャラもいい。「Piano」及び焼き鳥屋のシーンでのジャンプカット演出など。また、カッティングで云うと、二宮の母親−高橋恵子の病室の場面で、切り返しとポン引きっぽいアクション繋ぎを交互に使う演出も悪くないと思った。
海の場面では、夜の海を見に行くシーンの旅客機を取り入れたショットにも驚かされたが、砂浜で凧を見つけ、凧あげをし、凧糸で糸電話に発展させる場面がベタだがいいと思う。糸電話が徐々に長い距離になるのが良く、最後は声が聞こえず、科白が隠蔽されるのだが、こういうベタなメロドラマ作劇が心地よく決まっている。画面的には、シネスコの画角が活用された満足感のあるものだ。桟橋のある風景をドローン空撮で後退移動するショットもいい。さらに、ファーストカットと同じ、美しい光の海のショットは最終盤で再登場する(だから、冒頭はフラッシュフォワードだと見做すことができると思う)。
クリスマスに関して書いておくと、東京にもこんな場所があるんだ、と感嘆しながら森のような公園の小径を抜けて、満月の中のクリスマスツリーを見るシーンが印象的に挿入されるのと、終盤の散歩場面で、子供達の讃美歌が聞こえて来るシーンなどわずかなのだが、賛美歌が「荒野の果てに」(「あめのみつかいの」もしくは「グロリア」という別題もある)というタイトルであることは、象徴的だと思う。全体に、昔から数多製作されてきたメロドラマ以上のものではないという感想も持つが、演技・演出のクォリティは高い。
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