コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] わたしの幸せな結婚(2023/日)

開巻(アバンタイトル)、ナレーションで「異形」「帝(てい)」「異能」などの言葉が説明されるのだが、この冒頭の画面設計はとてもいいと思った。この時点で既に傑作かもと思わせるものだ。
ゑぎ

 帝都の意匠も面白い、大きな時計塔が2つある。全体に明治後期ぐらいのイメージと思った。そして、タイトルは、窓枠に一文字ずつ出る。これを見た際は、本作も窓の映画かと思う。確かに、窓は斎森家の洋館においても、久堂家の屋敷においても印象的に使われる。あるいは、例えば、終盤の宮内省内における反乱シーンでも、清霞(きよか)−目黒蓮と五道−前田旺志郎のやりとりを窓外から撮ったショットもある。しかし、この窓は、もっと強調して演出しても良かったと思う。

 さて、本作の主人公・美世−今田美桜は、薄汚れたメイクと猫背が目立つ所作で登場する。序盤の彼女は、極端に卑下し謝罪を繰り返すキャラクターだ。それが、中盤には、目黒とその使用人・ゆり江−山本未來によって自己肯定感を取り戻す過程が描かれていて、この部分が本作の一番の見どころだと私は思う。とても肌理細かに演出されているのだ。昔の使用人の花−小林涼子の訪問シーンなんかもいい。こゝも窓からの光が効果的な場面だ。今田の変貌ぶりには心震える。こういう見せ方は、よく考えられていると感じる。

 というワケで本作を高評価する人も多いだろうが、私が本当にいいと思ったのは、今田が自分の「無能」を告白した後、目黒の髪を結うシーン辺りまで。つまり中盤までだ。こゝまでは、画面も端正で、仰角俯瞰のカメラポジションも、ずっとアイキャッチして行く。高い位置から人物を撮って天井が映っているショットなんて、他ではあまり目にしないような構図だと思った。

 これが、今田の拉致監禁事件あたりから、あるいは、鶴木−渡邊圭祐の屋敷へ行ったあたりから、ちょっとグダグダになっていく感覚を持つ。目黒は、今田の悪夢を取り除くということに関して「無能」と告げられる場面については、これも面白いギアシフトか、と思ったが、渡邊の役割も(例えば、今田に結婚しないか、と云ったことも)機能しないし、特に、クライマックスと云っていい、宮内省における感染者の反乱シーンは、何が行われているのかよく分からない見せ方ではないか。360度パンニング、スローモーションの多用は見応えもあるが、アクションをちゃんと見せないので、技巧はこけおどしになる。また反乱の収束についても、怒涛の展開感はあるが、何と云っても、この場面の今田の顔が不細工になるのが宜しくない。

 また、全体、目黒のキャラに、いくら自由主義的な部分があるとは云え、帝の権力、世襲、遺伝や血縁の重視、身分制度と封建思想の前提、あるいは軍人のロマンチシズムといった部分は、老爺心ながら気になる。あと、何度も今田の心の声モノローグが入る処理は、そんなこと説明しなくてもいいのに、というモノも多くあり鬱陶しい。あるいは、本作もエンドロール後に次回作の予告めいたオマケがあり、そういうことかと合点がいったが、確かに本作単体だけだと「異形」の描き方は、かなり消化不良だろう。

(評価:★3)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。