[コメント] Ultraman: Rising(2024/米=日)
彼らは、我々の知るウルトラマンではない。だが、その戦いは、時代を追って意味を失ってゆく我が国の醜いウルトラマンたちより、なんと素朴で原初的な意味をもって行われているだろうか。沖縄に生まれ、祖国の実質的な壊滅を見てきた脚本家たちの魂に見せたかったものではある。
彼らは人類の味方でも、「怪獣退治の専門家」でもなく、何らかの理由でこの星に落ちてきて、以後、地球でその理想のために戦ってきた宇宙人の一族なのであろう。つまりは、全ての生きとし生けるものの調和だ。
自分はそれなりにウルトラマンのファンを、おそらく人生の初めからずっと続けてきた人間の成れの果てだが、そのなかでウルトラマンや怪獣の意味合いが時代につれて揺れ動くのを見てきた。だが、初代ウルトラマンのように、各回において語り手とともに「ウルトラマン」や「怪獣」の在り方が変転したシリーズはその後なかった。当たり前だ、試行錯誤がいつまでも続くほうがおかしい。だが、怪獣がどんどん「倒されるために出てくる」存在になるとともに、自分の興味は失われていったような気がする。その後少年ファンだったクリエイターたちのテコ入れによってドラマが豊かになった時期はあるものの、今はまたオモチャの宣伝コンテンツに戻ってきたようだ。
もう、新しい日本の才能を待ち望むのは無駄なのだろうか。我々の世代も老い、かつてのシリーズへの憧れを忘れて久しい。でも、その初期の理想がいま海外のクリエイターを揺り動かすなら、任せてみてもいいな、と思ったのがこの作品の新たな理想に思うところだ。このシャノン・ティンドルという映画作家のなかで、ウルトラマン物語は充分に噛み砕かれて咀嚼され、その血肉になっているなと思われた。
贔屓の引き倒しになってはいけないが、児童映画としてこの水準が保てるなら、このヒトなりのウルトラマンを最後まで追ってみたい。そんな気持ちはある。
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