[コメント] ツイスターズ(2024/米)
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パニックもの、ディザスタームービー、クリーチャーものの金字塔は、いまだに『ジョーズ』や『タワーリング・インフェルノ』だったりするのだけれど、このジャンルは「地に足のついた」「リアルな」「ありそうな」と見える、その範囲を逸脱しないことが前提の非常に禁則的なジャンルなので、あらゆるネタがやり尽くされてもはや煮詰まった今のエンタメ映画にあっては、新たな傑作なんて生まれようがないのかもしれない。この映画の親である『ツイスター』というのは、ある意味ではパニックものの範疇をかろうじて固守したがために、ストーリーは正直見ちゃらんないどうでもいい感じの作品にとどまっていた。当時のリアルな感覚として、竜巻なんて自然災害は観測してデータ取るのが精一杯だったはずで、そこから逸脱することはリアルでなくなる(パニックものでなくなる)という暗黙の了解の上に制作していたのだと思う。あの映画の監督はヤン・デボンで、実はローランド・エメリッヒが最初のアメリカ版『GODZILLA』の監督に就任する前に監督をやるはずだったお人だ。ヤン・デボンの『GODZILLA』は構想が壮大(ファンタスティック)すぎて予算がかかりすぎるという理由で、彼は監督を下ろされたのだけれど、これ、怪獣ファンとしては象徴的なものを感じるエピソードだ。結果的にヤン・デボンは『ツイスター』に甘んじたし、エメリッヒはゴジラをちんけなパニックものに貶めた。パニックものが人を呼び、怪獣映画は荒唐無稽で信じちゃもらえない時代だったのだ。
しかし、その後時代は良くも悪くも反転してしまった。ジュラシックパークが非常にわかりやすいのだけれど、『ロストワールド』でスピルバーグが限界を迎えたように後半で怪獣映画転換し、パート3がスピノとの対決ものになりさがって以降、『ワールド』シリーズも延々と怪獣ごっこをやっている。
今回の『ツイスターズ』も、パニックものでなく、怪獣映画のセオリーに近い。まずは竜巻を単なる自然現象ととらえず、人々を不幸にするモンスターとして対象化していること、モンスターに対して主人公がエモーショナルであり、因縁があり、葛藤があり、克服、退治するべき相手として描いていること。この構造は『ゴジラ -1.0』のそれなんかと非常に近しい。考証にとらわれすぎたら、ファンタジーよりエモい話なんか書けないのだ。それから(退治のための)秘密兵器が登場しちゃうところ。たとえばジョーズは、ガスボンベや電気という現実路線でやっつけるのだけれど、この映画のそれはSF方面に振り切っている。竜巻のバリエーションもそうだ。F1 かと思ったら F5 だった最初のそれ。次に主人公にトラウマを思い出させるそれ。双子のそれ。夜にいきなり強襲してくるそれ。石油コンビナートを襲うって、まじでウルトラ怪獣か、ガイガン、メカゴジラなそれ。ラスボスの極大なそれ。エスカレートしていくのは前回もそうだったけれど、今回がうまいのは、ぜんぶきちんとヒロインの葛藤から克服にリンクしている点で、それがあるから客の心を離れさせない。脚本が大変優秀だと思った。あと、ヨウ化銀と聞いて思い出すのはどうにも『ゴジラの息子』なんだけど、ミニラに文句言うだけの人のせいで評価が低いあの映画、実は気象コントロールを意外に丁寧にやったSF的な側面があって、まさにこの映画に出てきたニュアンスでヨウ化銀を扱っている。(ただしヨウ化銀で雨を降らすというモチーフは『レインメーカー』や『地球最後の男』の方が先のようだ。)
ただ、こんな怪獣好きの与太はいっそ何も必要なくて、デイジー・エドガー・ジョーンズがただただ麗しい。冒頭の草原で雲を見上げるシーンに始まり、若気の至りで竜巻に突撃して仲間を死なせたことを後悔するシーンに帰ってくるところとか、巨大すぎるものに立ち向かおうとする者の逡巡がグッとくる。こんな瞬間が見たくて、こんなジャンルをなおも見続けているとさえ思う。
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