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[コメント] 八犬伝(2024/日)

虚と実。火と水。全体に見応え充分の映画だが、良いシーンと宜しくないシーンが交互に現れるという感覚も持つ(良いシーンが多いと思うが)。アバンタイトルは無く、ファーストカットでタイトルイン。
ゑぎ

 プロローグは「八犬伝」の出だし部分。こゝで、CG画面の安っぽさと、人物や八房(やつふさ)の切り返しのリズムに違和感を覚え、説明科白の連発も気になる。タマズサが怨霊−栗山千明は登場から既に健闘。伏姫の土屋太鳳は硬いと思う。

 本作中の現在時制は、馬琴−役所広司と北斎−内野聖陽の顔アップからの後退移動、その連打で始まる印象的な処理。ただし、この場面も、やはり序盤は説明科白が気になるが、商家の2階を舞台とし、1階の部屋を見せずに、通りとの高低を活かした空間を見せるのはいい。「自分は虚」で「家族は実」と云う馬琴。律儀な孝行息子の磯村勇斗が、まるでコメディリリーフかと思わせる出入りの演出。馬琴の妻役−寺島しのぶは最初は類型的人物かと思ったが、この人の存在は最後までアイロニカルで上出来。彼女の退場時の科白は「ちきしょう」だ。

 「八犬伝」の画面化部分では、城の大屋根での犬塚信乃−渡邊圭祐と犬飼現八−水上恒司のシーンが一番か。こゝのコンピュータ処理は見せる。ただし、人物の運動には既視感もある。女装で登場する犬坂毛野−板垣李光人はとても綺麗だが、タイプキャストに思えるし、登場シーン以外の見せ場は僅少だ。他の八犬士では、火遁の術を使う犬山道節−上杉柊平がやはり目立つ。浜路役の河合優実は添え物に過ぎず、この人も硬い。関東管領・扇谷定正−塩野瑛久は一条天皇役と打って変わって憎まれ役の造型。「新八犬伝」ファンとしては、船虫−真飛聖の見せ場が嬉しく(かなりクサいが)、名刀村雨を盗むサモシイ浪人・あぼしさもじろう−忍成修吾については、もっとイヤらしく描いて欲しいと思った。

 全体、「八犬伝」の部分よりも、役所と内野のやりとりを中心とする江戸時代の場面が断然良いと感じる。中でも、「東海道四谷怪談」の舞台の奈落。こゝがダントツに良いシーンだろう。虚と実。勧善懲悪は虚。忠臣蔵は虚であり怪談の方が実。実の方が怖い。これは映画というメディアについての言及じゃないか。鶴屋南北−立川談春が天地逆さま、というのも洒落ている。あとは、たどん玉を作る寺島と嫁の黒木華の場面だ。こゝの修羅場もいい。ファンタジーの中のリアル。私は涙を抑えきれなかった。

(評価:★3)

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